貧すれば鈍する、日本人はそうなるのか?

 「貧すれば鈍する」。日本人も貧しくなるにつれて鈍する(愚かになる)のだろうか?聡明な人はすぐにその必然性が存在しないことに気付くはずだ。貧することは、鈍することの唯一前提ではない。何かが抜けているのだ。

 「人窮志短、馬瘦毛長」。――上記のことわざに当てはまる中国語の古典(出典:禅宗史伝の書、雲門下七世・仏国惟白の編『建中靖国続灯録』)。馬が栄養不良だったり病んでいたりする場合は、痩せる一方、毛が長く伸びる。毛が伸びるのは、貧弱になった身体の体温を保ち、生き延びるためだ。

 人間は貧窮(貧困)すれば、目先の糧を手に入れ、辛うじて食い繋ぐことだけが優先される。高い志などどうでもよくなり、そこで「人窮」から「志短」が生まれ、「志短」から「愚鈍」が生まれるわけだ。

 「貧すれば鈍する」という日本語版では、「志を失う」という中間要素を省略してしまったせいで、額面通りに解読されがちである。

 では、肝心な問いになる。貧困になれば、必ず志を失うのかというと、それは人による。ただ残念ながら、大方の人は志を喪失し、毎日その生活のことばかり考えるようになる。今の日本人もまさにそうなっている。懸命に「安全安心」を求めるのも、その証だ。痩せる馬が懸命に毛を伸ばし、体温を保とうとするのと同じ。

 志なき人は、どんなにも賢い人であっても、必ず愚かになる。これは間違いない。怖いのは、貧困状態でなく、志なき状態である。

 「人窮志不窮」という中国語がある。経済的に貧窮であっても、志だけは貧窮になってはならぬ。これが貧困脱出の唯一の道である。この道を突き進み、最終的に貧困から抜け出せるのは、ほんの一握りにすぎない。この人たちはサバイバルの知恵をもって最強である。

 一方、富める者はどうだろう。富に酔い痴れ、驕りを覚えたところで志を失う。その先に待っているのは、衰退と滅亡にほかならない。栄華を極めた国が滅びる理由もそこになる。日本人はバブルに酔い痴れ、繁栄が不滅と思った矢先に、衰退の道を歩み始めていた。それ自体が栄枯盛衰のメカニズムを証明してくれている。

 だから、大事なのは「志」だ。

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