<東京>「無」の和空間、日常と非日常の自然観で考える日中の異

 「無」を如何に表現するか。そして、食の和空間に、「無」を如何に表現するか。実は大学で建築を学んだ私は、空間に対するこだわりは今でも強い。

 そんな日本料理店を見つけた。

 外苑前の交差点から少しはずれたところに、竹やぶで囲まれた梅窓院というお寺があり、その角を右に曲がり路地に入ると、寺と同じ竹の囲いが見えてくる。

「暗闇坂宮下 青山店」

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 着物姿の女将さんに迎え入れられると、身を置いてみたくなるような和空間があった。畳に掘りごたつの純和風の個室には、食卓以外に何も余計なものがない。照明も天井に十字型に埋め込まれたダイオードのみ。

 究極の「無」の空間。自分が持ち込んだ鞄までどこか隠したくなるような「無」の空間。

 本日の献立は、序破急コース。

序破急(じょはきゅう)とは、本来は雅楽の演奏についての用語である。曲を構成する三つの部分をいい、楽章に相当する。「序」が無拍子かつ低速度で展開され、「破」から拍子が加わり、「急」で加速が入り一曲三部構成を成す。「起承転結」で考えるのならば、「起・承」を「序」、「転」を「破」、「結」を「急」に置き換えることもできるだろう。料理のコースになると、そのストーリーの展開を強く意識させるものである。

41209_3タラバガニのお造り

<序破急コース>

先付 もずく 茄子酢味噌和え、ふじつぼ酒蒸し
酒肴 姫ばちこ (コースに追加した単品)
椀物 ピュアコーン摺り流し
造里 お造里盛り合わせ
中皿 真名鰹塩焼き、夏野菜のお浸し 味噌玉
箸休 青梅甘露煮
強肴 和牛しゃぶ肉、野菜巻き
食事 鮑炊き込み御飯、香の物
甘味 水菓子

41209b_3鮑炊き込み御飯と香の物

 さあ、空間の話に戻そう。「建築」とは、「建設」ではない。中国では経済成長で建設ブームに熱が入っているが、まともな建築はそれほど作られていない。私の中にある「建築」とは、空間である。人間にとって一番自然体でいられる空間である。その空間を作る工学、いや、工学よりも芸術というのが建築である。

 中国にいると、あまり自然体でいられる機会が多くない。中国の街の建造物の多くは、空間や自然体を重視したものではない。中国では、そもそも自然という言葉はすでに消え去った。唐の時代まで、自然という概念はちゃんとあった。「別に天地あり、人間(じんかん=世間)にあらず」という李白の文句がある。世間にない別の天地とは、自然であり、またそれを逆に捉えると、中国人にとって暮らす環境は街しかないというふうにも解することができるだろう。

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 上記を裏付ける材料として、陶淵明の著した詩「桃花源記」に描かれた桃源郷が挙げられる。桃源郷、あるいは理想郷というべき場所、つまり非日常的な空間に自然が美しく描かれている。中国では、世間、あるいは俗世というべき日常には自然が排除されており、少なくとも濃厚に意識させられることはない。

 だから、中国では「無」を求める習慣がない。「無」のなかで自分自身の存在を確認し、「生」の意義を考え、悟ることができなければ、真の幸福を手に入れることもできない。そういう意味で、「無」の和空間に身を任せると、無上の幸福感を得られ、中国で溜め込んだ疲れもどことなく消えてゆくのである。

★暗闇坂 宮下 青山店
<住所>   東京都港区南青山2-24-8 BY-CUBE 1F
<電話>   03-5785-2431
<営業>   12:00~15:00、18:00~23:00 (日・祝休)
<予算>   15,000円~25,000円/人