お金なくても一流料理が食べられる、スレンバンの田舎町

 6月4日(日)、スレンバンに移り住んで3日目。現地の友人から薦められた穴場蟹レストラン「Street Crab」で夕食。妻の確認漏れでクレジットカードの使えない店とは知らずに訪れた。そのためにATMを探してお金を下ろしに行くのも面倒なので、駄目元で「後から、お金を銀行振込してもいいですか」と尋ねる。

 「それは、全然大丈夫です」。難色を示されるかと思ったら、店主が笑顔で快諾。「帰宅したら、今夜中に必ずオンライン送金します」と私は早速フォローすると、店主はまた笑顔。「全然急ぎません。ゆっくり送金してくれればいい」と。こちらが逆に驚かずにいられない。

 私は常連客でも何でもない。初めての来店で、そこまで信用していいのか。食い逃げされる心配はないのか。クアラルンプールでは絶対に無理だろう。店主の人柄もあろうが、それだけ小さな街である意味で「匿名性」がかなり薄いのではないかと推測する。悪いことができないよりも、悪いことをする人があまりいないということだろうか。

 味はトップクラス。水産業経営の店主だから、海鮮はもちろん新鮮でうまい。何よりも調味料にこだわっている。醤油はイポーで天日干し発酵でつくられている特別なもので、一般市販されていない。調味料は全てノンケミカル。料理の多くはまったく塩を使わず、海物はもともと海水の塩分がついているので、自然体でそれ以上は何も足す必要がないという。

 この店で食べて帰宅した後も、喉が乾かない。水が欲しくなり、じゃぶじゃぶ飲むのは、化学調味料、悪しき料理の証拠。喉に張り付いたような焼灼感があれば、それは最悪だ。寿命を縮めるジャンク以外の何物でもない。

イポーでの醤油生産現場、天日干し中

 味が淡白すぎて不満をいう客もいるが、経営方針は揺るぎないものだ。「特に子供たち。ファーストフードやジャンクに毒されて味蕾が崩壊している。本当にお気の毒。この店に連れてきて『食育』する親もいますよ」。店主が周りの子連れ客を指して教えてくれた。

 もちろん、ここまでこだわっていると、コストがかかる。聞いたら、一般レストランよりも、12%ほどコストが割高になっているという。かと言って、価格に跳ね返ってくるわけではない。店主は自身の価値観でこの店を運営しているわけだ。利益の勘定で物事を考えていないようだ。

 支店を出すかと聞いたら、「1店舗でも手一杯なので、支店なんか出せるわけないじゃないですか」と店主が頭を激しく横に振った。実は私の店選びの基準には、「支店を出さないこと」というのがある。気が付けば、スレンバンという田舎町のローカル飲食店はほとんど単一店舗運営型である。

 だから、田舎町が好きだ。

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