善か悪かの単純二択と思考妨害、ヒトラー式帝王学は脈々と・・・

<前回>

 東條英機のことや、あるいは戦争について、単純に「善」と「悪」で規定するのは、大きな罠である。

 「戦争は善ですか」という質問には、「イエス」と答えられる人は世の中にいない。「戦争は悪だ」という定論が固定すれば、「戦争を起こした人間も悪だ」が成立する。「善」と「悪」という両側面だけしか存在しない、世の中はそんなに単純だろうか。

 もし東條は戦争を起こし、戦争を遂行した悪人だというなら、彼の身には善というものはまったくなかったのだろうか。もし戦争が誤だとすれば、その戦争には正というものはまったくなかったのだろうか。

 ここまでいうと、「あなたは戦争を美化しようとしている」という否定や批判の罵声が多分飛んでくるだろう。そこだ。「善」や「悪」という一括りの曖昧な巨大概念を用いて、物事を全般肯定、あるいは全般否定し、議論の進行を妨害する。なぜ議論してはいけないのか。もし、戦争が確かに100%の完全悪であれば、どんな議論してもその結論は覆されることがないから、堂々と議論させればいいのではないか。

 そもそも、善とは何、悪とは何、正とは何、誤とは何、それを誰が規定するのか、規定する人自身の善悪と正誤は誰が規定するのか・・・。このような基本的なアジェンダは哲学の基盤をなすものであり、それ自体の議論は紀元前から今日にいたるまでなお定論に至っていないことに気付くだろう。

 先日読み終えたヒトラーの「わが闘争」に、ヒトラーが彼自身のプロパガンダ手法について次のように論述している(主旨)。

 「物事の『多面性』には触れるな。その『多面性』の細分化は禁物。肯定か否定か、愛か憎か、正か不正か、真か偽かで決めればよい。物事の一部がそうで、残りは違うとか、というような『多面性』に触れるな」。その点において、ドイツ人が客観的にものを言う習性があり、これが欠点であるとヒトラーは説く。

 このとおり、物事の多面性を客観的に分析する細分化作業は、ヒトラーにとって極めて都合が悪いからだ。彼が望んでいるのは、肯定か否定か、愛か憎か、正か不正か、真か偽かといった、まさに単純な「善」「悪」の両極端であり、そこで彼の理論を「善」という一括りの概念に収めそれを絶対的正当化することである。誰もが反論するどころか、疑問提起の場すら与えられない。なぜなら、「善」に疑問を提起し、反対すれば即ち「悪」となるからだ。

 戦争の「善悪」分類それ自体が、ヒトラーの論法に酷似している。さらに、ヒトラーは彼のプロパガンダの方法論に踏み込んで次のように論述する(主旨)。

 「大衆の受容能力は非常に限定的で理解力は小さく、その分忘却力は大きい。大衆は頭の回転が遅いために、一つのことについて知識を持とうと言う気になるまでに、常に一定の時間を要する。したがって、もっとも単純な概念を1000回繰り返して初めて、大衆はその概念を記憶することができる。だから、大衆の心を捉えるには、ごくわずかなポイントだけに絞り、そのポイントをスローガンのように利用する。そのことばを聞けば誰でもそのことばが指す内容を思い浮かべることができるようにせねばならない」(高田博行「ヒトラー演説 熱狂の真実」参照)

 大変明瞭な論述だ。まとめると以下の4点になる――。

 ① 物事の多面性に触れないこと
 ② 多面的な物事を細分化して客観的に分析させないこと
 ③ 極論を提示し「善悪」の単純二択から選ばせること
 ④ ポイントを絞り、単純概念を繰り返す、繰り返す、また繰り返すこと

 日本における戦後の教育や世論においても、よく気がつけば、ヒトラー式のプロパガンダの手法が見事に生かされている――。戦争は悪だ。戦争は悪だ。戦争は悪だ。

 終戦後のアメリカはナチスが残した先端兵器の開発・製造技術を手に入れただけではない。ヒトラーのプロパガンダ手法まで受け継いだのではないか。誤解のないように、私はそのプロパガンダ手法を「悪」と分類していない。それはあくまでも一種のスキルだ。「善」も「悪」もない。ただのスキル、政治スキル、しかも、あらゆる統治者や支配者にとって必要なスキルであり、必修科目である帝王学の中核的内容ある。

 考える民が、支配者にとって常に不都合である。だから、思考停止の民が必要だ。すると、支配者は民の思考妨害に乗り出す。これは遡って紀元前から今日にいたるまでの世界史を見ても、不変の真理である。ヒトラーは単なる一実践者に過ぎない。そして時代や世界秩序が変わっても、その実践者の成功率は基本的に、ほぼ100%である。

<終わり>

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コメント: 善か悪かの単純二択と思考妨害、ヒトラー式帝王学は脈々と・・・

  1. 素晴らしい洞察力です。

    「民の思考妨害を成し遂げた支配者が成功する」

    そうすると、成功している支配者は民の思考妨害に長けているともいえるわけですね。言われてみると、そういう気もします。

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