中国の墓地は、あの世行きの物流拠点と金融拠点

 こんな質問をいただきました。

 中国お墓事情の質問:「泣き女」のその先は? 以前から、中国文化圏の泣き女とお葬式のドラマティックさ(派手さ)が気になっていたので、私も「おくりびと」受賞のニュースで、対照的な文化だなぁ、と立花さんの見解を読んで、改めてうんうん、と思いました。

 中国人の友達に「不動産バブルってことは、お墓用地不足じゃない?」と聞いたら、「ビルの中のロッカーみたいな箱に入れてあるよ」「え、でも、なんか・・・お参りにいくの忘れたりしない?」「それはそれでなんとかなる」と言われました。風水などは関係ないのでしょうか???

 日本でもこの方式が導入されつつありますが、一気に高齢化が進む中国、祖先を敬う=お墓が立派、というわけではないのでしょうか。お墓で見栄をはらないですむなら、うらやましく思います。実情をご存知でしたら、ご教示ください。なんだか、ものすごく変化をとげていそうな分野ではありますが・・・。

【回答】:

 行き着くところ、見栄っ張りの世界です。

 親が死んで立派な墓を作る。表向けには、親孝行という大義名分、裏には経済的実力を誇示する虚栄心が見え隠れします。

 親だけではない。子供の場合もそうです。子供を出世させたい。表向けには、「子供のため」という大義名分、裏には老後の頼りにするための先行投資・事前準備という意図が見え隠れします。「自分のため」・・・

 不勉強の子供を怒鳴りつける親をよく見かけます、怒鳴る理由は、「お前の将来のためだ」と言います。今度、子供が出世しても親孝行をしないと、親は、また怒鳴ります、「私があれだけ苦労してお前を育てたのに・・・」、だから、中国人の多くは、子供を育てる最終的目的は、ほかでなく、「自分のため」です。いかにも私利的です(年金等社会的セーフティネットの不備も原因)。もし、本当に「子供のため」であれば、子供さえ出世して幸せになれば、親孝行だろうと親不孝だろうと関係ないのではないでしょうか。

 親にも子にも、コンセプトが変わりません。自分の虚栄心だったり、自分の実利だったりします。そういう意味で、家族の絆を強くする必要があるのは、自分自身一人の努力や力で幸福になる自信や環境がないからです。決して中国社会全員がこうだと言いません。一人ひとり違うと思います。少なくとも、このような暗黒面は存在します。

 中国のお墓事情は、地球にやさしいとはいえません。墓地の話は別としても、お墓参りは、お花を捧げての清らかな形よりも、紙銭を煙むんむん燃やすのが多いのです。「紙銭」とは、亡き人が天国で必要なお金です。そのお金を、燃やすことによって、天国へ送金するそうです。「紙銭」は総称で、紙の天国紙幣以外に、紙の車、紙の家、不動産や動産など何でも、燃やして、天国に送り込むのです。墓地は、まるであの世行きの物流拠点、金融拠点のようです。

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