【Wedge】渦中のファーウェイ、初任給40万円で見る中国企業経営の本質

 ファーウェイ(華為)危機。副会長がカナダで逮捕され、日本は政府調達からファーウェイ等中国大手製品を排除し、さらに国内携帯電話大手3社が基地局などの通信設備から前記製品を事実上除外する。いまこそ踏んだり蹴ったりなファーウェイだが、つい最近まで我が世の春を謳歌するギラギラした中国企業だった。

● 新卒初任給40万とは高いか安いか?

 何よりもファーウェイの給料がいい。同社日本法人の2017年「新卒初任給40万円」の求人情報が人事業界では有名な話題になった。同社は毎年10人前後を採用しているが、2015年以降、初任給を徐々に上げ、18年卒の理工系の大卒エンジニアを「40万1000円」、修士修了者を「43万円」に引き上げた(2018年4月14日付「SankeiBiz」)。

 40万円の新卒初任給とは、高いか安いか。一般日本企業の新卒初任給は20万円台が常識。日本経済新聞がまとめた「初任給ランキング2018」によれば、30万円を超えるのは楽天をはじめとする10社ほどのいわゆる特別な企業だけ。日本国内の相場感からすると、フォーウェイの新卒初任給40万円とは倍に当たる高給取りである。

 しかし、アメリカのシリコンバレーあたりにある世界トップクラスのIT企業の初任給といえば、年俸1000万円を超えるのも珍しい話ではない。優秀な技術人材を引き抜かれないように給料をどんどん上げていくしかないのである。そうした「グローバル・スタンダード」に比べると、ファーウェイの初任給40万円はいかにも見劣りする。

 ただし、給料額の単純比較を展開するつもりはまったくない。それがナンセンスだからだ。企業経営面から賃金という人件費を評価する目線を取ってみたいと思う。

● ファーウェイが日本市場で苦境に陥ったとき

 今日のファーウェイは四面楚歌の苦境に置かれている。日本市場では政府調達や携帯電話大手から排除されると、延焼が広範囲に広がり、民間部門への広範かつ深刻な影響を免れない。最終的に日本市場においてファーウェイが果たして生き残れるかどうかの問題に直面する。全面撤退までいかなくとも大幅な業務縮小とリストラが避けられないだろう。

 だとすれば、高給取りだった社員には、その高い給料は一体何を意味するかを考えざるを得なくなるだろう。分かりやすく言ってしまえば、「ハイリスク、ハイリターン」といったところだろうか。会社が順調に伸び、かつ社員も見事に会社に貢献しそれが評価された場合は大きなリターンを手にするが、そうではない場合はリターンどころか、解雇されるのがオチ、というようなメカニズムである。

 逆に会社の立場からすれば、社員が高給取りでも必要なときに削減できれば、何の問題もないわけだ。売上高や利益ないし人件費予算に供される原資に応じて雇用や賃金を柔軟に調整できるから、経営の機動性が非常に高いのである。本質的には、社員の賃金は会社にとっての固定費ではなく、一種の変動費、あるいは準変動費だからだ。

● 「Show me the money」

 私自身もイギリス系の企業で働いていた。20代後半にして1000万円を超える年俸をもらい、さらに海外駐在員というエクスパットの身分で、現地住宅費も所得税も社会保険料もすべて会社が負担してくれた。その分、大変裕福な海外生活を満喫し、毎年のように家族と豪華なヨーロッパ旅行やリゾートを楽しんでいた。

 しかし、周りからの羨望の眼差しを感じながらも、実は人の見えないところ、仕事面では地獄に落ちるまで追い込まれていたのだった。つまり実績や成果を出さない限り、いかなる好待遇も一瞬にして取り上げられてしまう。それは理由を問われない。弁解も通用しない、まさに「No excuse」の世界だ。

「Show me the money」。外国人上司からの目標提示はこの一言だけ。売上と利益にしか価値が置かれないのである。日本式の「頑張る」という言葉はもはや死語。努力は美徳とされないが、順法行為だけは求められていた。法を守りながら、会社のために利益を出し続けていく。努力は個人ベースの問題で、会社として関与しないし、評価対象ともしない。それどころか、会社のコストのかかる個人努力は決して善とされない。もちろん、残業も会社のコストである以上、認められない。

 それだけではない。私の場合、担当マーケットの市場シェアの95%以上も達成したところで、「もう、これ以上延ばす余地がなくなったから、君のミッションは完了」とポストから外されるのである。

 私の給料は高かった。一時期上司の給料を超えた時期もあった。上司は決して嫌な顔を一つせず、仕事後の食事へ一緒に行ったら、「立花君、勘定を払ってくれよ。お前の給料は俺より高いんだから」と伝票を握らされる。

 給料がどんなに高くても、変動費だから、会社は躊躇なく払うのである。利益を上げる稼ぎ頭を逃がさないためにも高給で縛りつけるよりほかない。その代りに利益を出せなくなったときには、容赦なく切り捨てる。これは日本的な経営観や価値観、あるいは美学に照らして決して善と位置付けられないものの、グローバル的にはむしろ一般的ではないだろうか。

 働かせておきながらも、給料をまともに払わない日本のブラック企業よりははるかにマシだ。

● 中国企業経営の本質、人件費は変動費である

 中国企業は基本的に欧米企業によく似ている。たとえば、ファーウェイの人事制度では下位評価を得た社員の5%が定期的に淘汰され、さらに「45歳役職定年説」も存在しているようだ。中国では「末位(ボトム)淘汰制」と言われるシステムは何もファーウェイに限った話ではなく、ごく普通に多くの民間企業に採用されている。そのボトムは5%だったり、10%だったり、20%だったり、あるいは会社の経営状況によって変動したりすることもある。

 ファーウェイではないが、私は多くの中国企業の経営者と対話してきた。人件費を基本的に変動費だと認識している経営者がほとんどである。たとえ固定費だとしても、その固定費をいかに変動費化するかという課題を彼らは常に懸命に考え、行動を起こしているのである。

 中国企業の経営者からよく頼まれることは、日本人技術者の紹介、いわゆる引き抜きである。私はヘッドハンティングの仕事をやっていないと断っても、しつこくヘッドハンターを紹介してくれと言ってくるのだ。人材にはかなりいい条件を出している。概ね日本企業の1.5倍から2倍の給料が相場である。彼らは日本人経営者が固定費扱いする賃金の相場観たるものをもっていないのだ。彼らは数年間という期間に人材のアウトプット(成果物提示)に相応する人件費、つまり変動費的な計算に終始しているのである。

● 日本の歪んだ人件費と雇用のメカニズム

 これは日本企業がどうしても価値観的に認められない部分である。と言いたいところだが、事実はどうであろうか。

 ここのところ、日本企業の正社員と契約社員の格差が問題にされることが多い。いわゆる非正規雇用の問題。非正規雇用とは、有期労働契約に分類され、契約社員(期間社員)やパートタイマー、アルバイトなどの雇用形態を指している。

 少子高齢化、人口減時代に突入した日本では、企業にとって雇用の確保は容易ではなく、人手不足感が強まっている。この文脈で考えると、雇用の保障がより強い正社員雇用の比率がどんどん上昇するはずだが、実際はそうなっていない。総務省の労働力調査によれば、2017年の正規の職員・従業員は3423万人と56万人の増加、非正規の職員・従業員は2036 万人と13万人の増加となった。被雇用者に占める非正規の職員・従業員の割合は 37.3%と前年比0.2 ポイント低下したものの、依然として高水準にある。

 高水準の非正規雇用は何を意味するか。財務的に考えると分かりやすい。正社員の人件費が固定費であるのに対して、非正規雇用社員の人件費は変動費、あるいは準変動費である。非正規雇用の社員は経営状況によって解雇・雇い止めできるからだ。

 この通り、実は日本企業にも、「人件費の変動費化」という高い潜在的需要があるのだ。なるべく雇用や賃金の流動性を求めたい。これが非正規雇用比率の高止まり現象につながっている。

 よく見ると、これは本稿冒頭に述べた「ハイリスク、ハイリターン」の原理に反していることが分かる。本来ならば雇用の流動性と引き換えに高給が付与されるはずだが、なぜか日本の非正規雇用は「ハイリスク、ローリターン」に逆転してしまっているのだ。その原因を追及すると、長編になるので、ここではとりあえず割愛し、この論考は別の機会に譲りたい。

 そういう意味で、中国企業の経営、殊に人事政策に関してはたびたび少々乱暴な場面もあるが、全体的に市場原理に即しているともいえる。

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