【Wedge】香港デモは暴徒の集まりなのか?現場取材で分かったこと~香港デモ実録2

1回目『死を恐れぬ香港人、なぜ背水の陣を敷いたか?』

● 香港デモの組織力は凄い!

 10月20日、香港・九龍側の尖沙咀では政府未許可の大規模デモが行われる。現場視察のため、私は午前の早い時間に尖沙咀へ移動する。

 主催者が政府にデモを申請しても却下されるケースは最近続発している。以前の「原則許可」から現在の「原則不許可」へと当局の姿勢が変わった。政府の言い分としては、「デモの暴力化」という理由が挙げられていたが、デモ側からすれば、政府は対話の姿勢すら見せず、そのうえ警察の過剰暴力や最近相次ぐデモ参加者の不審死事件があって、もはや平和なデモを潰したのは政府だった。

暴徒に襲われた民陣リーダー岑子杰氏との連帯を訴えるデモ参加者 (筆者撮影、以下同)

 現時の香港で見られるデモとは概ね3種類――集会、流動性集会、デモ。

 集会は決まった場所で行い移動しないもので、政府に許可されやすい。そこで集会の後に参加者が移動しながら変則的なデモに移行する、いわゆる「流動性集会」が最近多発している。最後に純粋なデモ。10月20日のような大規模デモだが、許可されていないため、「市民が自発的に街頭に繰り出し、練り歩く」という形が取られていた。

 20日のデモについて、香港民主派組織・民間人権陣線(民陣)の代理として民主派の4議員が政府へデモの許可申請をした。しかし、政府は「騒動激化の恐れがある」ことを理由に却下した。4議員は個人としての参加(ある意味で個人名義の主催ともいえる)を表明した。民陣の呼びかけ人である岑子杰氏が10月16日に暴徒の襲撃に遭い重傷を負い、この申請却下も相まって、デモ参加者の反抗心をさらに強め、当日は35万人が行進に加わった。

名門ペニンシュラホテル前にデモ参加者が集結する

 自発的な行進(練り歩き)なので、原則として主催者は存在しないはずだが、現場を見ると、主催者のスタッフらしき人物が多数動いている。ポスターやビラ配りから、マスクやミネラルウォーター・お菓子の配布、PR、秩序維持、参加者の誘導、警察動向情報の伝達、スパイ排除、音響、撮影、政治家(民主派)警護、救急、宗教サービスまで、きちんと役割分担が決まっていてよく機能している。特に物資供給の動線はうまく設計されている。ドキュメンタリー映画で見た2014年当時の雨傘運動に比べて、数段どころか、劇的にレベルが上がっている。

水と防護用品(マスク)を配布する担当者たち

 特筆すべきは、スパイ排除係。デモ隊に紛れ込んだ覆面警察官やその代理人がデモ参加者の個人情報を収集したり、デモ隊の動向を警察本部に報告したり、あるいは逆に警察側に暴力を振るい責任をデモ隊に転嫁したりすることを防ぐために、多数のスパイ排除担当係が活躍している。「怪しい者に気をつけよう」とデモ参加者に呼び掛けるだけでなく、直接の排除活動も行っている。

 後半戦に差し掛かったときの出来事。一部路上の投石行為が始まり、私が何度かカメラを向けたところで、後ろからやってくる男女2人に肩を叩かれ、「あなたは何ものだ」「今なにを撮影したか」と詰問された。「Press(報道陣)」の表記を着用しない一般人の撮影が目立ったらしい。「From Japan」と身分を明かすと、一気に2人の表情がほぐれて「どうぞ、ご自由に」と友好的な態度に転じる。

投石する抗議者たち

● 士気を鼓舞するテーマソング、「香港に栄光あれ」

 20日のデモは、尖沙咀のソールズベリー公園から高速鉄道の西九龍駅までの行進が行われる。出発地点はあの名門ペニンシュラホテルの前にあるだけに、外国人観光客の見物人が多かった。私の隣に立つ欧米系の観光客は絶えず「They are really nice people(本当に素晴らしい人たちだ)」と感嘆しながらデモを見入った。

 13時過ぎ、デモ開始30分前。出発地点である公園では、民主化運動のテーマソングとなった「香港に栄光あれ(願榮光歸香港)」が上空に響き渡る――。

「香港に栄光あれ」を歌いながら、デモに出発する人たち

 主に金管楽器が伴奏するこの曲は国歌を連想させるという人もいる(私はその印象を受けた)が、香港は特別行政区であり、国ではないので、作曲者側はこれを否定している。そもそも作曲・作詞者が誰かも不明になっている。ネット民の集団創作品として、バロック音楽と近代の軍歌、英米露の国歌や米国の愛国歌「リパブリック讃歌」、讃美歌「天のいと高きところには神に栄光あれ」などが参考にされたとも言われている。

 2019年8月31日、同曲はYouTubeに初めてアップされ、わずか2週間で視聴回数が100万回を突破。9月11日、150人の香港人アーティストが管弦楽合唱バージョンを収録し、YouTubeにアップ(https://www.youtube.com/watch?v=oUIDL4SB60g)。さらに、オリジナルの広東語版に加え、まもなく北京語だけでなく、英語、日本語、韓国語、ドイツ語、フランス語などの外国語版も相次いで作られた。

 「香港に栄光あれ」はこうして民主化運動のテーマソングとして、士気を鼓舞する大切な役割を引き受けた。香港の街に出ても耳にすることが多い。民主化を支持するレストランや商店の中ではBGMとして流れ、前日の「雨傘運動」ドキュメンタリー映画上映会にも歌われた。

● 香港デモは暴徒の集まりなのか?

 香港取材にあたって、周りから心配の声もずいぶん上がった。私自身も含めてかなりリスクを感じていた。これは日々メディア報道の影響が大きいとしか言いようがない。放火や破壊活動、そして警察との対峙、暴力シーンを次々と流すメディアは煽るつもりがなくとも、平和な環境に暮らしている人々は知らないうちに恐怖感を覚え、法治社会の常識として、デモ参加者が悪いことをしていると感じてしまうのである。政府はある意味で意図的にこのメカニズムを利用して、「印象操作」しているように思える。

デモ参加者の市民たち

 デモすなわち暴力という認識は間違っている。デモは正確に言うと、前半の平和な行進、中間の移行期、そして後半の暴力対峙と3段階に分かれている。実際に危ないのは後半だけ。私のような一般人が前半に行くだけで、周りからあたかも危険極まりない場所へ行くように思われたのも、ある意味でバイアスが掛っていたように思える。

 前半の平和な行進には、学生や若者だけでなく、お年寄り、子供連れの家族、車椅子に乗る体の不自由な人、外国人観光客まで幅広く市民などの一般人が参加している。撮影も自由でピリピリした空気を感じることはまずない。

車椅子に乗る体の不自由な人

子供連れの家族

 平和な行進が終わると、徐々に後半戦に向けて中間の移行期に差し掛かる。実際には現場では「後半戦参加者」のために、携帯電話預かり(逮捕時警察への情報流出防止目的か)や弁護士支援案内など逮捕に備えた「準備作業」が行われ、明らかに前半参加者と区別されている。後半戦の参加者はいわゆる「勇武派」と呼ばれる少数の前線部隊である。主に学生などの若者で編成された「勇武派」はヘルメットとガスマスク、傘を備え、警察が放った催涙弾を投げ返したり、催涙ガスを弱める液体をかけたりする。

 当日、私はぎりぎり後半戦の入り口まで付き合った。後半戦になると殺伐としたムードに一変し、勇武派と警察との対峙抗争が本格的に展開される。後半戦に入る前に、一応主催側らしき人がアナウンスをする。要するに、ここからは警察との対峙になりリスクがあるので、一般人はお帰りくださいというものだ。さらに、「後半戦参加者へのお願い、注意事項」たるものもある。

後半戦に差し掛かった街、殺伐とした雰囲気が漂う

 実際にほぼ9割以上のデモ参加者(平和派の一般市民)はここで一気に引き揚げ、帰宅の途につく。印象的に、後半戦はデモの延長よりもまったくの別物だった。

<次回へ続く>

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