立花流・中国人の宴会接待学

● 接待の場で自慢話的な日本文化を発信するな!

 取引先企業の中国人エリートをどう接待すれば喜ばれるのか。あうんの呼吸で行動する日本人同士なら、共同の文化基盤があるため接待はそれほど難しくないが、文化のまったく異なる海外となれば、接待は奥深い学問だ。中国人に確実に喜ばれる接待術を紹介する。

 A社は、関西に本社をもつ中堅専門商社。中国の大手メーカーB社と大口契約をめでたく交わし、B社の中国人副総経理C氏を上海の有名日本料理店D店に招き、接待することになった。1人当たり1000元以上もする高価な懐石料理を食べたC副総経理は「美味しかった」とその場では社交辞令でごまかしたが、後で不満を言い放った。

 ちなみに、当社はこの日本企業のA社とは何ら取引もない。別の機会でB社のC副総経理と会食することになった。酒の勢いでC副総経理が以前受けたA社の接待話を持ち出したため、私がこれを知ることとなったのだ。

 懐石料理は日本文化の粋である。大切な中国人クライアントに誇り高き日本の伝統文化を紹介し、最高のもてなしで喜んでもらいたい。接待する側の日本企業の気持ちは十分に分かる。しかし、これは欧米企業向けの接待なら良いかもしれないが(欧米人の多くは日本文化に対し興味を持っている)、中国企業や中国人となると、様相が一変する。

 懐石料理は、日本文化への高度な理解もしくは旺盛な好奇心をなくしては、ゲストに喜ばれることはあまりないと思ったほうが良い。失敗率は高い。「量が少ない、料理が冷たい、食べた気にならない」と、多くの中国人エリートが口をそろえる。懐石料理の接待を受けての帰宅途中に、彼らがワンタンメンで口直しする光景はさぞかし皮肉に映るだろう。

● 鉄則中の鉄則、まずは中華料理!

 中国人を接待するなら、第一選択は、まず中華料理。しかも、中華料理に詳しい日本人がホストになると、間違いなく喜ばれる。接待の成功率は高い。

 理由は概ね以下の通りである。

 ① 中国人は中華料理の文化を持ち、料理の良し悪しないし接待レベルを判断しやすい。
 ② 中国人は日本人以上に味に保守的で、「おふくろの味」たる中華料理への固執が強い。
 ③ 主導権をゲストに持たせるべき。日本料理の知識が少ない中国人ゲストは、会話の主導権を失ってしまうと当然面白くない。
 ④ 中華料理や中華料理宴会のマナーに詳しい日本人は尊敬され、共通の話題もでき、仲間意識が一気に強まる。
 ⑤ 中華料理の宴会メニューを工夫すれば、意外性として日本的なアクセントをつけ、ユニークな特別料理としてゲストに印象付けできる。

 海外にくると、日本人は「日本文化の発信」をしたがる。大変素晴らしいことだが、相手の「受信願望」と「受信度」を考えてから、それにぴったりの「発信」をしたほうが良い。「過剰発信」には要注意。「文化の発信」と「受信」は、恋愛と同じ。一方的に熱を上げたらダメ。

 接待の場合、どちらかというと、「情報発信権」をゲスト側に引き渡したい。誰もが得意なことを話したくなる。そういう意味で、中華料理のほうが都合が良い。それから、味覚と好みの問題、100人の中国人中のほぼ99人は中華料理が好きだろう。中国人に中華料理で接待することは、まず、リスクが少ない。

 しかし、中国人ゲストが日本料理をリクエストすることも少なくない。リクエストする理由は何だろう。また、その際どうすれば喜んでもらえるのだろうか。中国ビジネスの接待学、中華料理と日本料理の接待ノウハウの概略を紹介する。

● 相手の味覚と嗜好を優先させよう

 では、中国人ゲストを接待する方法を紹介しよう。前提としては、まず、ホストである日本人には、中華料理や中華宴会のマナー、流儀についての十分な知識と実戦経験が必要。

 中国人同士でも接待する際は大変気を使っている。ただ、料理を提供する場だけでなく、交際のレベルをどこまでアップさせられるかは、接待で決まることが多い。中国社会は基本的に人脈で成り立っていることを忘れるべきではない。レストラン選びから料理のセレクトまで、気の行き届いた接待はビジネスを成功に導く大きな要素になり得る。しかしバラエティーに富んだ食文化を持つ中国では、料理1つとっても選択肢が幅広く、ホスト側としてセッティングに悩むのも事実。

 同じ中華文化圏の香港人エリートビジネスマンは、欧米文化の洗礼を受けており、実に洗練された接待パフォーマンスを披露している。香港人の中華料理接待を受けたことがあれば、ぜひそれを参考にしてほしい。料理は良かったがサービスレベルはいま一つなど、中国でありがちな失敗を防ぐヒントを心得ておかなければならない。

● 名門店を信用するな!行きつけが一番

(1) 高級店でもハズレは多い。

 「重要な中国人ゲストを接待するなら、うわさの名門中華料理店にする」。しかし、この一般論で結構失敗が多いのだ。料金は高いのに料理が美味しくなかったり、料理が良くてもサービスに不満があったりすることがたびたびある。中国は、やはり人と人とのコネクションが一番。名門店よりも、顔の利く行きつけが良い。

(2) 接待のプロを接待するには…

 中国人ゲストは中華料理に詳しく、名門店も一通り知っている可能性が高い。店の看板料理まで熟知する中国人エリートも少なくない。彼ら自身も、接待の達人である可能性が大。いわゆる接待のプロをどう接待するのか。まさに難題。

(3) お店のデータベースよりも、ハズレのない行きつけ

 レストランのリストやデータベースを持つ必要はない。行きつけの店5~10店を確保できれば十分。「顔が利く」「特別料理や特別アレンジができる」が必須条件。ゲストのために何かスペシャルを用意したい。

(4) とっておきのお店の見つけ方

 高級感を醸し出す名門レストランでも、従業員の服務態度が洗練されているとは限らない。サービスレベルが高く、VIP扱いを受けることができる行きつけの店が最も安心だが、思いあたる店がない場合はどうしたらいいか。まず会社の食事会や、場合によっては自腹を切って食べに行く必要がある。

● 接待で使う3大タイプの店

 中国のレストランで接待に使える店のタイプは、概ね3つのタイプに分類できる。

(1) オールマイティー型

 状況=料理もムードもサービスも、ともに品質が高く、基本的に均一化している。ほぼハズレはないが、たまに新人スタッフが担当すると、問題が発生することもある。超高級ホテルのテナント店などがそれに該当する。場所によって、特別アレンジができたり、できなかったりする。
 対策=マネージャーと仲良くなり、宴会開始前にベテランスタッフの担当を依頼し、確認する。

(2) 局部欠陥型

 状況=料理、ムード、サービスはともに平均レベル以上。ただし、料理かサービスにどこか欠陥がある。しかし、お店との付き合いが深まれば、特別顧客扱いされ、オールマイティー型並みもしくはそれ以上の品質が期待できる。中高級レストランの一部がそれに該当する。相当な発掘力と交渉力が必要。
 対策=確かな情報収集力と判断力、交渉力をもって、「とっておきの店」を見つけ、育て上げる。
 対象ゲスト=すべての接待。

(3) 一点豪華、アンバランス型

 状況=珍しい料理、特別に美味しい料理等でスポット的に輝くが、ムードもサービスも平均もしくはそれ以下。お店との付き合いによって、「ダンナ、今日は○○を入荷したぞ」とマスターに肩をたたかれるシーンはあるが、きめ細かいサービスは望めない。中級レストラン以下の一部がそれに該当する。
 対策=常連になれば良い。
 対象ゲスト=相当親しくなった取引先への接待、上記2タイプとの交互配置がベスト。

● 立花流の事前準備

 中国人ゲストへの接待プロセスを、中華料理を前提に紹介する。

(1) ゲスト個人情報ファイル

 取引先のゲスト個人情報ファイルを社内で作り上げる。性別、年齢、学歴、職歴、担当業務経歴、嗜好、家族メンバー、タブーなどのデータをなるべく詳しく盛り込んだファイルを整備する。ホスト役の担当者は、接待に先立ちこれら情報を熟知し、接待の場を盛り上げる対策を練ろう。

(2) 店選び

 取引先との取引状況やゲストの個人情報を材料に、前回紹介したお店のタイプから適切な店を選定する。

(3) 予約、会場設営と事前準備

 個室などの席を予約したら、付き合いの浅いレストランや重要な取引先接待の場合、必ず会場の事前チェックを行いたい。
 ・個室や座席の位置、人数、席順
 ・メニューの設定やドリンクの内容(別途詳述)
 ・できれば、宴席の最初から終わりまで責任を持って応対する専門のベテランスタッフ(服務員)を指定したい。さらに万全を期すために、いすを引いたりコートをかけたりといった細かいサービスを徹底するよう事前に指示する。その際にチップを渡せば効果大。
 ・エアコンの温度設定
 ・手土産の選定(奥様やお子様への手土産は大いに喜ばれる)
 ・勘定の場所とタイミングの打ち合わせ
 ・駐車場の確保、ゲストの運転手への食事用意
 ・その他

(4) ゲスト案内

 ゲストへの案内は、高級管理職以上の場合、秘書やアシスタント・マネージャーが窓口になることが多い。礼儀正しく接しよう。そこでメイン・ゲストの嗜好などをさり気なく聞き出すことも可能。込み入った会話が中心なので、気の利いた自社の中国人スタッフを活用すると良い。案内は、メールや電話などで問題ないが、必ず店の住所や地図をつけ、できれば車の進行ルート、一方通行や駐車場情報も合わせて入れておきたい。

(5) メニュー設計その1――スペシャルを用意する。

 会食接待の核心部分は、やはりメニューである。メイン・ゲストの嗜好を中心に設計したい。コースの場合、基本的に無難な料理構成でよいが、あまり平々凡々な献立では相手への印象付けが薄い。そこで上級者コースだが、スポット的に印象付ける方法を紹介する。1品から2品、スペシャルを用意すると、ゲストの印象ががらりと変わる。スペシャルとは以下のようなものが考えられる。

▼ 日本料理をスポット的に特別に用意する。
 中華レストランに日本料理を特別注文する。日本では考えられないことだが、中国では行きつけの店なら、わがままを聞いてくれることが多い。まず、受け入れる側の厨房のキャパ、担当シェフの腕を確認しなければならない。あくまでも調理手順が簡単で、かつ見た目はいかにも和風であることが前提。例えばトロなどの高級ネタ、または珍しいネタの入った刺身の盛り合わせなど。

▼ メイン・ゲストの出身地の郷土料理
 これはとにかく喜ばれるに違いない。ゲストが湖南省出身だったら、広東料理の海鮮コースに、湖南料理の「紅焼肉(豚肉の醤油煮込み)」といった郷土料理をスポット的に入れる。もちろんこれもレストランのキャパと相談する必要がある。

(6) メニュー設計その2――高級料理のオンパレードよりも「魚・菜・肉」のバランスを

 中国人エリートはフカヒレ、アワビなどの高級食材を好む傾向がある。相手に礼を尽くそうと高級料理に力を入れがちだが、オーダーは価格で決めるのではなく料理バランスを重視すべき。海鮮、野菜料理が多く、肉料理が少ないくらいで丁度よい。それほど値が張らなくても土地の名物など特色があれば興味を引ける。ただし、アレルギーがないかといった相手の状況や嗜好を前もって把握できればベター。

(7) アルコールは多種類を用意、食後の茶は味の良いものを――ドリンク手配の心得

 接待の場に欠かせないアルコール類は何種類か用意したい。別テーブルに並べて好きなものを選べるようレストラン側にセッティングしてもらう手もある。さまざまな料理に合うワインや、中国酒ならコーリャンなどを原料とする蒸留酒「白酒」の最高峰、茅台(マオタイ)酒、もち米などから作る醸造酒「黄酒」の花雕酒などが良い。花雕酒なら、20年もの以上のビンテージなら、高級感があり、お勧めである。レストランに常備していなければ、別途準備して持ち込めばよい。大抵のレストランは、無料かわずかな「開瓶費」(カイピンフェイ=アルコールの持ち込み代金)を払えば問題なく持ち込める。そして、日本酒への認知度がかなり高まった今、日本酒の持ち込みも良い。金箔の浮いた酒で大喜びする中国人ゲストもいる。食事の締めくくりとなる茶は、味の良いものに限る。店によっては茶の質が劣ることがあるので、こちらから茶葉を提供してもよい。

(8) 話題の準備と会話

 これは、ゲストの個人情報の多寡と正確度に関わってくる。日本人同士の接待と基本的に同じだが、中国の場合、相手を立てる際、もっとストレートに言えばよい。留意されたいところは、日本のことを語るときだ。日本人はついつい日本の自慢話になってしまうが、行き過ぎには要注意。「日本文化の発信」と信じる人もいるようだが、相手が日本のことに興味があって、どんどん聞いてくる以外、一方的な発信は慎むべきだろう。基本的に相手の自慢話を語ってもらうのが無難だ。

(9) 役職の呼び方

 日本人が意外に見落とすところがある。ゲストの呼び方だが、「黄さん(こうさん)」や「黄さん(ファンさん)」よりも、中国語発音の役職で呼ぶようにしよう。はるかに好感、親近感が持たれるだろう。中国人の役職の呼び方は、以下の特徴がある。

① 「副○長」の「副」を省略する。
 日本人なら、「副部長」は「副部長」と呼ぶが、中国では、部長がその場にいない場合、「副」を省略して、副部長のことを「部長」と呼ぶ習慣がある。さぞ本人も気分がよろしいことだろう。

② 役職の最初の文字で呼ぶ。
 「黄総経理」なら「黄総(ファンゾン)」、「黄董事長」なら「黄董(ファンドン)」、「黄局長」なら「黄局(ファンジュ)」、「林副総経理」なら本物の総経理がその場にいなければ「林総(リンゾン)」で良い。

(10) 接待当日

 これだけ事前準備をしておけば、接待当日はかなり安心できる。しっかりと事前準備されたとおりのサービスになっているかどうかをチェックすればよい。

● 立花流の和食もてなし術

 最近、中国人ゲストが進んで日本料理の接待をリクエストすることも増えてきている。理由は何だろうか。

 ① 日本料理は高級感があり、ステイタスシンボル的な存在である。接待されるのなら日本料理。
 ② 日本料理は、ヘルシーで流行している。日本人と一緒なら、やはり日本料理を食べてみたい。
 ③ いつも中華料理だから、たまには別のものを食べてみたい。
 ④ 日本料理を食べて、他人に自慢したい。
 ⑤ 日本人ホストは、中華料理よりも日本料理のほうが接待しやすいだろう(ホスト側への思いやり)。

 好奇心や期待感などイメージが先行した部分が多いので、実際に日本料理の接待を受け、想像とのギャップを感じたとき、気分が落ち込み、マイナス効果にもなりやすい。中国人ゲストの日本料理での接待は、大変難しい。逆効果のリスクも考えなければならない。

● 日本人が8割以上の店に中国人を連れて行くな
 日本人客が8割以上を占める日本料理店(正統派)は、中国人の接待に使うべきではない。まず、雰囲気的に中国人に合わず、中国人ゲストが落ち着かない。そして、日本人客の多い店は、ほとんどがいわゆるクラシック派日本料理なので、味覚的にも合わないことが多い。

● 懐石料理を食べさせるな
 冒頭部分に挙げた事例にもあったように、懐石料理は日本文化への高度な理解もしくは旺盛な好奇心をなくしては、中国人ゲストに心身ともに満足してもらうことは非常に難しい。失敗率がかなり高い。「量が少ない、料理が冷たい、食べた気にならない」。多くの中国人エリートが口をそろえる。

● 靴を脱がせるな
 たたみの個室はなるべく避けたい。中国は土足文化であることを忘れるべきではない。中国人は靴を脱ぐことに慣れておらず、日本人のように寛ぎ感を得られにくい。また、正座やあぐらにも慣れていないので、接待を受けている時間に肉体的に苦痛を感じやすい。特にゲスト側に女性がいる場合は要注意。どうしても和室接待となる場合、ゲスト側の中国人女性に「ドレスコード」を要請する必要がある。中国人ゲストには、やはりテーブル席がベスト。

● 中国人が好きな日本料理ベスト5
 ①鉄板焼、②うなぎ、③天ぷら、④刺身(ただし、ものによる)、⑤和風料理
 和風料理とは、中華や西洋料理の要素を多く取り入れ、和風に演出する料理のこと。言葉を変えれば、「創作料理」ともいい、英語で「Fusion」との名がある。日本文化を世界に向け、分かりやすい言葉に置き換えて発信するという意味でもある。

 接待の本意は、エンターテイメントにあり、接待されるゲストに寛いでいただかなければ意味がない。ホスト側の一方的な情報発信やリーダーシップ発揮では本末転倒になる。なるべく避けたい。ゲストの嗜好、得意分野を十分に考え、それにフィットした形で接待すれば、ビジネスの最良な潤滑油になるに違いない。

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