1億円の使い道と稼ぎ方、マレーシア移住8周年雑想

 1億円の使い道と稼ぎ方の話をしよう。なぜか使い道が稼ぎ方よりも先に来ているのか、この文章の最後まで読めば理解してもらえるだろう。

 今日は、マレーシア移住8周年記念日(上陸記念日)(参照:当時の日記)。海外生活が長いと、移住といっても、そんなに「思い切った」感はない。どちらかというと、生計を立てるうえで、仕事のある場所をめがけて移動するのは、当たり前のことだ。キャラバン族だと昔から、自称していた。しかし、マレーシア移住は私(家族を含めて)にとって少々違った意味があった。中国の話とマレーシアの話を2段階に分けてしよう(重点は後半のマレーシアの話)。

クアラルンプール郊外の自宅にて

 まず、中国の話。

 仕事場だった中国(上海)を離れることは、キャラバン族の原理・趣旨に反していた。しかも、2013年当時の中国は経済成長の頂点に達し、中国ビジネスの最盛期だった。私は予測の専門家ではない。予測はしない。いろんな仮説を立てながら、リスクと付き合っているだけだ。栄枯盛衰という概念があって、中国にも適用する。

 特に「政商」といわれる李嘉誠氏が中国から引き揚げる形跡が少しずつ見えてきたのも、その時期だった。彼ほど嗅覚の鋭いビジネスマンはほかにいない(学歴なんか関係ないのだ、ビジネスは嗅覚)。私にとって、李氏の動向は1つ非常に重要なベンチマークだった(いまでもそうだが)(参照:『香港大富豪の「中国撤退」がついに終盤戦へ、経営の王者・李嘉誠氏の脱出録』)。

 振り返ってみると、その通りの展開になった。上海在住日本人数は、2013年をピークに以来下降傾向をたどった。私が住んでいたアメリカンホームズも含めて上海市内の「日本人村」は次々と消えた。もう1つのベンチマークは、日本語フリーペーパーのページ数。分厚かったものが最盛期のほぼ半分程度に減った(いまのベトナムは逆傾向にある)。

 次に、いよいよマレーシアの話。

 中国が「激変」の典型なら、マレーシアは「不変」の代名詞。マレーシア政府は、特にマハティール時代から、先進国入りを狙って、あれこれ政策を打ち出して頑張ってきたが、まったく進まない。

 シンガポールがマレーシア連邦から追い出された当時、あのリークアンユーが泣いたのだった。それは独立を勝ち取った感涙ではない。大会社にリストラされたサラリーマンの悲しさと将来に対する不安が交差した感情の表れだった。そこからマレーシアの存在を知ることができよう。

 マレーシアほど豊かな自然と資源をもつ国は、世界中を見渡しても少ない(稀有といったほうがよかろう)。しかし、この国は発展しない。国民に発展する意思がないからだ。温暖で資源もあってなんとか食っていけるから、ガツガツやる必要はない。そんな国(連邦)の一員でい続けたら、今日のシンガポールはない。ジョホールバルと同じ寂れた港町になっていただろう。

 裏返せば、シンガポールがマレーシアを統合していたら、マレーシアはアジア屈指の強国になっていたに違いない。日本を凌駕し、中国と対峙できるほどの力をもっていただろう。しかし、そうにはなっていない。それは神様の采配だから。

 マレーシアは発展しない。発展しないからいいのだ。物価が上がらないし、生活はしやすい。それ故、退職者天国になって、日本人に連続14年人気ナンバーワンの移住先になっていた。

 ついに、変化が訪れようとした。そんなマレーシアは言い出した。「うちはな、いつまでも退職者天国なんかやってられない。大したお金をもたない移住者がちびちびとした生活費を落としても、この国は豊かになれない。だから、お金持ちに来てもらいたい。どーんと金をもってこい。お金持ちしか歓迎しない」と、移住ビザMM2Hの条件を4倍も5倍も引き上げたのだった。

 そんなことはできるの?1億円の資産ももつくらいの「お金持ち」は、欧米やシンガポールに移住するだろう。何もマレーシアみたいな国にくることはないだろう。と、騒ぐ人たち(移住者たち)がいる。多分1億円をもたない人たちだろうが。

 1億円をもたない人は、1億円をもつ人の心理をなかなか理解できない。理解できないものを想像して、断定的な結論を出してはいけない。そういうことをやるから、1億円をもてないのだ。そもそも1億円をもつ人を「お金持ち」と定義するのが、お金持ちになれない証拠なのだ。

 1億円をもつ人たちは本当にマレーシアにやってこないのか?1億人をもつ人たちがどうやったら(誘因とは?)マレーシアにやってくるのか?

 このようなことを考えながら、何かビジネスをやりだすと、あなたも1億円、いや、もしや10億円も稼ぎ出せるかもしれない。変化には常にチャンスが伴っている。大きな変化は大きなチャンスを孕んでいる。だから、産婆になろう。

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