「労働者保護」の美名、まだまだ落とし穴が存在する――。「弱者保護」の原則というのは、「弱者」だから保護が必要なわけであって、では、労働者はすべて弱者か?明らかに答えは、「否」である。
では、「弱者」に属さない労働者を保護したら、どうなるか?過保護は、怠け者を生み出し、逆に労働者のサバイバル力を奪い、労働生産性を低下させ、全体福利の減少をもたらす。
しかも、一旦法制度化で強行性が付与されれば、コンプライアンスのもとで、企業の賃金原資配分に大きな影響を与える。企業はコスト抑制策の防衛手段に打って出るのが必至で、雇用削減に乗り出せば、弱者が就職の機会を失い、ますます弱体化していく一方である。
少なからず「労働者保護」は、最終的に弱者いじめの結果に導く。
弱者保護の主役は、企業ではなく政府や行政が引き受けるものである。社会福利コストをとにかく何でも企業に押し付けては、決していい結果にはならない。雇用保障しろ、解雇するな、賃上げしろ・・・企業が最終的に、「雇用を減らす、雇用をしない」という選択肢に踏み切るだろう。
できるものなら、そこで、「強制雇用法」でも立法したらどうだ。すると、企業は逃げる。最終的に、国有化で企業を収用する道しか残らない。――市場経済の完敗。