民主主義巨大産業、誰がコストを負担し 誰が利益を享受しているのか

「1人1票」と「1ドル1票」

 米国式民主主義のシンボルである投票制度は、基本的に見える「一般投票」と見えない「特別投票」という2つの形態に分かれる。一般投票は、いわゆる「1人1票」という全員一律の無料サービスだが、特別投票はこの無料サービスの上に設定されている、特権階級(特別投票有権者層)による「1ドル1票」のオプションである。

 もちろん、一般投票よりは特別投票が実質的に民主主義国家の政策を決定し、これらの政策はすべて特別投票有権者層に有利なものになっている。民主主義の政治制度資本主義の経済制度が一緒になると、資本主義が民主主義をコントロールする。つまり、経済という下部構造が政治・イデオロギーという上部構造を規定すると、マルクスの理論が正しい。

 しかし、民主主義諸国の国民は一向に豊かになれない。それどころか、むしろ貧富の格差が広がり、多くの民衆がますます貧しくなった。それはなぜだろうか。

● 民主主義のコスト

 民主主義のコスト、ほとんど問われないテーマである。独裁権威主義になく、民主主義にのみ生じているコストの数々に目を向けてみよう。

 選挙運営や政治キャンペーンにかかるコストだけではない。迅速な意思決定ができず、合意形成による政策決定の遅延、妥協に起因する政策効果の減少、政治的分断・社会の対立、表面的・短期的利益を追求するポピュリズムの台頭、長期的利益・国益の欠損、ガバナンスの複雑化、政府運営の複雑化・機能の重複、政府監視機能の増加、などなど。

 何よりも、美辞麗句という正義のコストが大きい。自由と権利を声高に唱え、権利が次々と生まれ、義務の欠落とそれに伴うコストが生まれている。さらに、民主主義が独裁権威と戦う。例えば、「台湾有事は日本有事」。これは日本人にとっては正義。しかし、その正義のために日本人はどれだけのコストを払うつもりか?

 正義の存在を疑うべきではない。ポリコレがあって、異論を持ち出すだけで叩かれる。すると民主主義制度の見直しや改良、改革のための議論それ自体ができなくなる。これは皮肉にも独裁コストではないか。

● 民主主義産業の利益

 民主主義は独裁権威よりはるかに大きなコストがかかっている。このコストは誰が負担しているかというと、国民大衆である。しかし、民主主義国家の支配者たちはこの話には絶対に触れようとしない。なぜなら、このコスト(お金)の流れを追われると都合が悪いからだ。

 国民大衆が負担している巨大なコストは、利益となって、特権階級、そして民主主義産業の業者たちのポケットに流れ込む。民主主義は、政治産業である。他の産業と同様に商流と物流があり、しかも製造とサービスの複合産業である。しかも、見えない闇の商流もたくさん、たくさん含まれている。

 民主主義産業は、政治と経済を支配する世界最大の産業である。今、世界3割弱の人口が占める民主主義国家の産業規模ははるかに、独裁権威主義のそれを上回っている。故に国際金融資本は、民主主義産業への投資を惜しまず拡大し続けている。民主主義が独裁権威を撲滅し、民主への改制を求めるのも、産業規模・利益規模のさらなる拡大を目的としているからだ。

 大衆は知らないまま、民主主義制度に搾取されている。だから、ますます貧困になるだけ。これが本質である。

タグ: