すぐ、選挙である。国政選挙において、候補者たちが国民に受けの良い政策を次々に羅列する光景は珍しくない。しかし、その政策の詳細に目を向けると、政策Aと政策Bが矛盾している、あるいはその矛盾が解決されていないことがしばしばある。これは大きな問題である。
● 「日本第一」と「減税第一」
たとえば、「日本第一」と「減税第一」を同時にスローガンに上げている候補者がいる。2つのスローガンが矛盾する可能性は十分に考えられる。なぜなら、国家の優先事項や経済の仕組みを考慮した場合、両者が目指す方向が一致しない場合があるからである。
「日本第一」とは、一般的に国内の経済成長や国益を最優先する政策を指すことが多い。この場合、インフラ投資や教育、国防、社会福祉などへの支出を拡大する必要があり、政府が積極的に介入して国の強化を図るという意味合いを持つことが多い。
一方で、「減税第一」とは、税負担を軽減し、個人や企業に手元資金を多く残すことで、民間の経済活動を活性化させるという思想に基づいている。減税は政府の歳入を減少させるため、結果として政府の支出を抑制せざるを得ない状況が生じる。
この点で問題となるのは、減税が政府の歳入を減少させる一方で、「日本第一」の政策を実現するためには多額の公共投資や社会保障費が必要になることである。たとえば、社会保障制度の充実、防衛力の強化、産業振興など、国家の発展を目指す施策には大規模な資金が求められる。しかし、減税を進めると、その資金を確保することが困難となり、結果として政策の実現が難しくなる可能性が高い。
この矛盾を解決するためには、「日本第一」と「減税第一」のどちらを優先すべきか、またはバランスをどのように取るべきかを慎重に考える必要がある。たとえば、防衛やインフラ整備など特定の分野を優先し、他の分野の支出を削減する、あるいは減税を段階的に進めることで矛盾を解消することが考えられる。
「日本第一」と「減税第一」は一見すると愛国的かつ経済的に魅力的なスローガンであるが、実際の政策として両者を矛盾なく実現するのは容易ではない。政策の優先順位を明確にし、財源の確保方法を慎重に検討することが不可欠である。
● 耳障りの良い美辞麗句に騙される理由
政策の羅列は、耳障りの良い美辞麗句を並べるに過ぎず、真に国民のための解決策とは言い難い。問題は、いかにして政策間の矛盾を解決するかである。矛盾を見過ごして単に「いいこと」を言うだけでは、国政の責任を担うに値しない。
優先順位を明確にすることができない、あるいは矛盾を無視した政策論は、責任ある政権運営の姿勢を欠いていると言わざるを得ない。そうした候補者は、国民の期待に応えるどころか、実際の政権運営において困難に直面し、最終的にはその矛盾が国民生活に悪影響を及ぼす結果を招くであろう。
大衆がなぜ、羅列される美辞麗句の政策に騙されるのだろうか。その理由は、いくつかの心理的要因と情報の受け取り方にあると考えられる。
まず、人々は自分にとって魅力的で簡単に理解できるメッセージに強く引き寄せられる傾向がある。選挙の場では、複雑な政策論よりも、耳障りの良いフレーズや理想を掲げることが、短時間で支持を得る効果的な手段となりがちである。候補者は、経済の発展や生活の向上、税の軽減といったシンプルで感情に訴えるメッセージを使い、大衆の願望や不安を刺激する。このようなメッセージは、特に詳細を深く調べたり吟味したりしない人々に強く響く。
次に、政策の羅列によって候補者が「全てに対応できる」という印象を与えることも一因である。大衆は、理想的なリーダーが経済、社会福祉、安全保障などのあらゆる問題を解決できると期待しがちであり、その期待に応える形で美辞麗句を並べる候補者に安心感や信頼を抱くことがある。しかし、これらの政策が実際にどのように実現されるか、または矛盾をどう解決するかについては、十分に考慮されていないことが多い。
さらに、選挙戦では情報過多の状況が生まれることも多く、複数の候補者が次々と新しい政策を打ち出すことで、大衆はそれぞれの政策の詳細や実現可能性を精査する時間や余裕を持たない。その結果、シンプルでわかりやすく、感情的に訴えるメッセージに流されてしまう。
要するに、大衆が羅列される美辞麗句に騙されるのは、感情に訴えるメッセージに引き寄せられ、詳細を吟味することなく信じてしまうからであり、候補者が意図的にその心理を利用しているためである。





