中国とベトナム、8年前描いた将来像の歴史的検証

 自分のコンサル・ファイルを調べていると、2007年8月の対顧客回答にこのようなものがあった(2007年9月1日付「ERIS中国経営レポート」掲載)。8年前のものだから、公開してもいいかと下記転載する。確かに、「チャイナプラスワン」ブームの前だったと思う。8年前その当時、私自身も含めて当事者が描いた中国やベトナムの将来像、今なって歴史的に検証するのもなかなか面白い。

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中国加工貿易政策の調整が契機、リスクヘッジとしてベトナムをどう見るべきか?
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【質問】:

 周知の通り、最近中国の一連の政策変更によって、加工貿易がますます難しくなりました。当社は加工貿易を十数年やってきた会社として、大変困っています。加工貿易の政策は今後再び緩和することはあると思いますか?もし、それがなければ、西部などの内陸部、またはベトナムに移転するしかないのでしょうか?加工貿易をずっとやってきて、そろそろ現地で自社工場を作ろうと検討しているところです。回りの日系中小企業が多数、ベトナムへ移転しています。話ではベトナムは優遇政策もあれば、諸々コストも安い。ベトナム政府の外資政策はどのようなものでしょうか、中国に残るかベトナムへ行くか、決めかねています。助言をお願いします。

【回答】:

1.中国の加工貿易政策の緩和はありえますか?

 結論から言いますと、ないと思います。詳細は別文にて詳述していますので、ここで簡潔に申し上げます。国家利益レベルから見れば、中国は現在いわゆる「産業優化」(産業構造合理化とアップグレード)を目指し、国家政策の全面的調整をスタートしたところです。

 「産業優化」とは、パソコンのOSにたとえると、「Windows Vista」の最新版にバージョンアップするようなものです。ここまでくると、たとえ「Windows Vista」に若干の欠陥があったにしても、パソコンのスペックが足りないにしても、せいぜい「Windows XP」あたりに落ち着くでしょう。「Windows 95」に逆戻りすることはありえないと思います。

 現状では、旧バージョンの致命傷が明らかになっています。国際貿易黒字問題、環境汚染問題、資源枯渇問題、労働力問題、収入格差問題、品質問題などがすでに臨界点にまで達していると言ってよいでしょう。労働集約型から付加価値の高い製造業への進化、ブランドの構築、西部地域の開発による収入格差の是正などは国家利益に合致していますし、新政策の修正があっても、逆戻りの方向転換はありえません。

 そもそも外貨備蓄の不足、国力の衰弱で外資を必要とするのは、加工貿易の生成環境です。現在の中国を見る限り、この環境の再来は考えられません。

2. 中国の加工貿易の行方は?

 深セン・フォーラムで、税関総署加工貿易・保税管監司長は次のコメントを発言し、波紋を広げている、「今年の年末か来年年初に、「加工貿易制限目録」の再調整を行い、加工貿易禁止品目を一層拡大する。今後は、一般地域での加工貿易を禁止し、禁止品目以外は輸出加工区に限定して、加工貿易取引を認める」

 将来的に加工貿易政策の緩和や復活は考えにくい。それだけでなく、なお一層加工貿易を禁止し、追い出す動きさえあります。人民元の切り上げ、人件費上昇、輸出税還付や加工貿易政策の調整、労働契約法や独占禁止法の公布・・・加工貿易を含めて、労働集約型の低付加価値製品、資源消費型・環境汚染型の製品の製造は、中国沿岸部での生き残りが難しいでしょう。すると、中国沿岸部以外の場所を探すしかありません。

3.「新天地」、ベトナムの外資優遇政策と進出メリットは?

 ご指摘の通り、日本だけでなく、韓国や香港、台湾企業もベトナムに目を向け始めました。一昔前のベトナム投資ブームと違って、昨今のベトナムに対する評価の見直しはチャイナリスクのヘッジという戦略的意図が込められています。

 ベトナムは80年代初期の中国を真似して外国企業の誘致に熱心です。「四免九減半」、中国の「二免三減半」よりも良い条件で海外企業にラブコールを発しています。

 2007年8月6日、香港系大手製紙会社の理文造紙(リーアンドマンペーパー)はベトナム工場の建設着工式を執り行いました。総投資額は80億香港ドル。同社の李文俊CEO(最高経営責任者)は、「ベトナムは向こう15年から20年の間、急成長するでしょう。内需が旺盛、資源も豊富、何よりも現地政府は外資誘致に熱心で、中国大陸よりも税務、土地などの優遇が大きい」と語ります。この会社はベトナムで「四免九減半」(最初の4年免税、後9年税半減)の税務優遇を受けており、土地も最初15年間賃料ゼロで、50年間の使用権を得ています。(香港「大公報」)

 ベトナムは若年層の労働力を豊富に保有し、経済改革は中国をモデルとするだけに80年代の中国市場に酷似しています。エコノミストは、ベトナム経済が今後ほぼ毎年9%の成長で推移し、2010年前後に10%台にまで達すると予測しています。ベトナム政府は、中国の経済成長モデルを参考にしながらも、環境保全、廉価労働力などの問題について慎重に処理しているようです。ベトナムはこれにより、中国が成長後期に抱え込んでいる諸問題はベトナムで発生しないだろうとし、中国と一線を画す姿勢を見せています。

 部品調達では06年1月から共通特恵関税(CEPT)が完全適用となったアセアンのFTA(自由貿易協定)を活用し、隣国のタイから部品調達を行うことも可能です。また欧米の対中セーフガードの回避にもなり、調達や輸出の観点からのリスクヘッジにもつながります。

4. 中国からベトナムへの外資企業の移転は?

 外資製造業の中国撤退は、すでに散発的に動き出しています。

 韓国中小企業振興公団北京事務所の李性勲課長は、「政策要素以外にも、中国の労働力コスト、土地コストの上昇が深刻で、韓国企業は経営難に追い込まれている」と語り、中国で加工貿易に従事する韓国企業の一部がすでにベトナムなど東南アジア地域へシフトしていることを認めました。

 確かに、政策要素以外に中国国内コストの上昇による影響が深刻です。広東省の一部地域では一度の最低賃金基準の引き上げ幅が20%に達するところもあります。ベトナムのワーカーの日当り最低工賃は2ドルに過ぎず、深せんの4ドルのちょうど半分です。某台湾系食品添加剤メーカーは、広東省からベトナムに工場を移設したことで、工場運営平均コストを35%も引き下げたようです。

5. 日本の対越投資は?

 ベトナム投資計画省によると、2005年の日本からの対ベトナム直接投資認可額は408百万米ドルで、認可件数は過去最高の97件(ともに新規投資分)にのぼりました。2000年に外国投資法が改正され、100%外資による進出が認められるようになったことを背景に、近年は中小企業の進出が活発化しています。現在は1990年代中盤に続く「第二次ベトナムブーム」といわれ、工業団地はほぼ満杯となっている状況です。(「中小企業基盤整備機構」資料より)

6.ベトナムの問題点は?

 ベトナムの問題点はないわけではありません。一つの事例として、従業員の雇用について簡単に説明しますと、ベトナム政府も中国同様、労働者保護の政策を実行しており、現行「ベトナム労働法」は実質的に雇用保護の法律であって、解雇のハードルを高くしています。

 ベトナムでの雇用関係は、従業員と企業双方から、特定の理由に基づき終了することができますが、その雇用関係終了の際に企業が従業員に対し、失業手当または退職手当を補償金として支払わなければなりません。解雇に際して企業は省または市の管理委員会の労働課に解雇事由報告書の提出が義務付けられています。また、労働契約に関しては中国の新労働契約法に酷似しており、2か月の試用期に2~3年の契約期、それが満了した時点で無固定期間労働契約の締結が求められています。

 ストライキなどの労働争議もベトナムのネックの一つです。2006年初頭には、法定最低賃金が50%前後(職業訓練後労働者)引き上げられたことに伴い、それまで皆無であった日系企業でもストライキが発生しました。最低賃金が大幅に上昇し、それまでの長期勤務者との賃金差がなくなったことが、労働者の不満につながったものもあったようです。違法ストライキに対してベトナム政府の優柔不断な対応振りも外資企業の怒りを買っています。

 ベトナムの労働コストは中国の約半分ですが、工場の設立コストや賃貸コストは中国より高いところもあります。特に人気地域の地価は急騰しています。このように、ベトナムも多くの問題点を抱えています。

7. グローバルの経営視点

 コストセンターの製造基地を中国からベトナムにシフトする、これをグローバルの経営視点から見れば、一つの戦略調整にすぎませんが、ミクロ的に特に中小企業にとってみれば、大きな節目を迎えると言ってよいでしょう。慎重に情報を収集し、経営決断の形成に努めていただきたい。

 「チャイナリスク」は消えることがありません。リスクヘッジの選択肢としてベトナムが現在浮上しています。当然ながら、ベトナム自身にもメリット、デメリットが共存していますし、「ベトナムリスク」もあります。企業は安易にポイントAからポイントBへの移動として捉えるのではなく、まず自社のビジョンをもう一度点検したうえ、戦略の見直しを実施すべきです。

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