「立花聡のイスラム世界」カテゴリーアーカイブ

アラブの旅(27)~階級社会の世界、砂漠リゾート本日も晴天なり

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 アラブの旅。クウェート、バーレーン、オマーン、ドバイを回って、最後の3泊はドバイ郊外のバブ・アル・シャムス砂漠リゾートで休養を取る。

 砂漠の真ん中、オアシスのような緑に囲まれるリゾート。これを維持するには莫大なコストがかかる。雨がほとんど降らないので植物に必要な水分だけでも大変だ。早朝から広大な芝生敷地に輪番で、スプリンクラーによる散水が長時間にわたり行われる。

 その緑と砂漠を一望するレストランでは、小鳥のさえずりをBGMに宿泊客が優雅に朝食を取る。砂漠リゾートの朝、まさに至福のひと時である。

 そのレストランの一角、もっとも眺望の良いコーナーに、毎朝、ある特別のテーブルがセットされている。真っ白なテーブルクロスに高級ブランド食器、そして花・・・。レストランのマネージャーが自ら案内し、シャンパンを注ぎ、サーブする客は、白髪の老紳士と30代女性のカップルだ。

 特権階級が特別扱いされるのは当たり前だ。アラブ社会は、紛れもなく階級社会である。ヒエラルキーは悪でもなければ醜でもない。空気や水のような存在に過ぎない。

 砂漠リゾートは本日も晴天なり。そして、日没。美しい月が昇るアラビアンナイトがやってくる。

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アラブの旅(26)~奥さん何人ほしい?一夫多妻は社会貢献

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 複数の奥さん、それぞれの奥さんの子供たち、そしてメイドを連れて大人数でレストランで食事をする。アラブ社会では、これは日常茶飯事。旅行中には何回も目撃している。

マスカット市内某レストランの「多妻家族」の食事風景、右手前はメイド

 観察していると、大体第1夫人が大人しく言葉少なげだが、第2夫人以下の若い夫人は明るく、また寵愛されているようにも見える。まあ、男が若い女性を好むのが万国共通だが、不倫でなしにきちんと娶ることができるのは、アラブのイスラム社会の凄いところだ。

 現地の観光タクシーの運転手にその話をしたら笑われた。「そんなに珍しいんですか。私のお父さんも3人の奥さんいて、子供22名もいますよ。実は今インド系の若い女性を4番目の奥さんにしようと、家庭会議で交渉してるとこですよ」

 一夫多妻とはいえ、旦那が勝手に娶れるわけではない。一応家庭内の手続きとして、先住夫人に伺いを立てるらしい。第2夫人なら、第1夫人から許可が出ればOKだが、第4夫人になると、上位から第1、第2、第3夫人の承認・合意を得る必要があるので、難関が多い。

 一番大変なところは、複数の妻を平等に愛し、接しなければならないことだ。それは心情的なものではなく、あくまでも物的要素である。つまり、金銭と時間の平均配分である。

 全員に同じ大きさの住宅を与える必要がある。一人ひとりの妻の家に滞在し、寝泊まりする時間も基本的に均等にしなければならない。たまに妻全員集合して懇親会のような食事の場を設ける場合は、外食が便利だ。

 一夫多妻。金銭的余力のある男性が複数の女性の生活を保障するのは、立派な社会貢献である。貧困女子の問題もこれで緩和、解決できる。どこも悪くない。さらに1つの家庭から複数の家庭に規模が拡大することは、消費増大にもつながり、経済成長にも貢献する。どう考えても社会にとって善である。

 これはアラブ社会の価値観であろう。

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アラブの旅(24)~虚無なアラビアンナイト、アラブとは何か?

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 アラビアンナイト。アラブの旅には、意識せずにいられない要素の1つである。しかし、実際は本家のイスラム地域ではあまり語られていない。国民文学的な地位も得られていない。

ベドウィンのテント

 その理由について、国立民族学博物館の西尾哲夫教授が、3つにまとめている。

オマーンの砂漠

 1つ目、アラビアンナイトの内容の中に、イスラムの教義に合わない点があること。2つ目、文学的な正統性の問題。3つ目、中東世界では「民話的なるもの」に対するまなざしがそもそも冷淡だということ。

マスカットの海辺

 この辺の話、完全に突っ込んでしまうと収拾が付かなくなるので、展開しないが、2つだけ課題提起程度的に触れてみたい。まず、「アラブとは何か」だ。

ニズワ・スーク

 政治的連盟とか国際法上の国境を概念として捉える国家とかよりも、アイデンティティ次元における「アラブ人」という概念はどのようなものか。かなり乱暴な直感ではあるが、「中華」という概念と比較して若干似通っているようにも思える。いや、アラブの方がもっと複雑なのかもしれない。

ニズワ・スーク

 少なくともアラブの統合よりも、分断がより現実に即した実務的なソリューションであろうし、今後もそうあり続けるだろう。

ニズワ・スーク

 次に浮上する課題は、「アラブとイスラム教の関係」である。さらに言ってしまえば、イスラム前のアラブ世界とはどのようなものか、メッカのカアバ神殿に祭られていた800体の偶像神が、アッラーという唯一神によって駆逐されたことはアラブにどんな意味を持つか、イスラム教とアラブ世界との親和性は果たしてあったのか・・・。

マスカットの夕暮れ

 私個人的にはこの辺に大きな興味を持っている。

マスカット市内のモスク

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アラブの旅(23)~ソースコード、中東・アラブ食文化の源泉

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 私はある固定概念を持っていた――。中東・アラブの料理は美味しくない。これは完全に間違っていた。とても愚かな固定概念で、コンサルタントという職業柄には、恥ずべき思考の持ち方であった。

 少し前、イスタンブールで数多くの美味に接した時点で、それでもトルコ料理は一応世界三大料理の1つで、まあこんなものだろうと納得したものの、本音ではフランス料理と中華料理と同格扱いされることにはかなり抵抗があった。

 今回の中東旅行で、私の固定概念が根底から覆された。それは決して味覚的に、広義的な中東料理がフレンチや中華を超越したわけでなく、奥の深さという文化的次元において貫禄を感じ始めたのであった。

ドバイ市内のレバノン食堂「Zaroob」

 中東の食文化全体に対して、自分がいかに愚昧で矮小か、これを鞭打ち的に痛いほど思い知らされた。つまるところ、それもひとえに中東・アラブ地域に対する学習の怠慢や認識の欠落にほかならない。

 料理が美味しいとかまずいとか、個人的感度にも差異があるだろうが、あくまでも味覚次元の話である。しかし、表象を超えての深層に至ったところで、文化や歴史的な蓄積という結晶に対しリバースエンジニアリング的な分解を行うことによって、そのソースコードを入手できれば、視野が一気に拡がるだろう。

 私はようやくその入り口に立った。

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アラブの旅(19)~A級B級対決、ペルシャ料理食べ比べ

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 中東料理といっても、いろいろある。その中の1つは、ペルシャ料理(イラン料理)。それが予想よりもはるかに味付けは薄めであっさりしている。香草と香辛料の風味もまた素晴らしい。面白い実験を敢行した――A級B級の食べ比べ。

バーレーン、ペルシャ料理店「Isfahani Restaurant」

 まず、B級からということで、足を運んだのはバーレーン市内の「Isfahani Restaurant」。路面店であるごく普通のレストランだが、なぜか客があまりいない。まあ、それはどうでもいい。食べることに専念したい。早速、羊肉(ラム)のケバブを注文。

 ケバブといっても、イランでは「キャバーブ」、インドやパキスタンでは「カバーブ」、キルギスでは「ケベプ」、ウイグルでは「カワープ」と、それぞれ微妙な違いを抱えている。食べ比べなら、ケバブほど都合のよいベンチマークはない。同じペルシャ料理も然り。

「Isfahani Restaurant」の羊肉(ラム)ケバブ

 素晴らしい出来だ。肉質も焼き加減も味も申し分ない。ご飯が進む。中東はビリヤニを代表格とする米系の食文化であるため、パン食が苦手な私には馴染みやすい。

 ご飯の盛り方も面白い。A級系高級レストランでは、料理とご飯が別々にサーブされることが多い。上品にご飯を別皿で持って来て、取り分けるわけだが、それはご親切にご飯が冷めてしまうのだ。このレベルのB級レストランでは、料理とご飯を1つの皿に盛る「丼ぶり」式なので、料理とご飯が寄り添って保温効果を保ってくれるのが嬉しい。

 次に、A級ペルシャ料理で出向いたのは、オマーンの首都マスカットの高級ホテル「クラウンプラザ」の中にある「Shiraz Restaurant」。オマーン湾に面したテラスで優雅にペルシャ料理をいただく、という高級店である。

マスカットの高級ペルシャ料理「Shiraz Restaurant」

 同じくケバブ、今度はミックスを注文。味は?うん、悪くない。美味しい。でもなぜか先日の「Isfahani」を思い出す。料理の値段は倍以上違うが、味も倍に美味しいかという質問はナンセンスにしても、それだけの差はあるのだろうか。

「Shiraz Restaurant」のケバブ盛り合わせ

 案の定、ご飯は別皿。少なくともケバブが冷めないように、親切に保温付きの鉄板に盛ってくれるのがありがたい。ただ保温はされたものの、継続加熱のせいでケバブの炭火焼による「焦げ風味」が飛んでしまうのである。

 A級B級に甲乙を付けるつもりはない。個人個人の嗜好や価値観、あるいは場面や気分によって使い分ければいいのだが、私のなかには、やはりB級だったかな・・・。

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アラブの旅(18)~生!生羊肉を食べた、狼変身前奏曲

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 生!生の羊肉をバーレーンで食べた。

 ユッケ風の生子羊肉である。何の臭みもなく、何の違和感もなく、自然に、美味しく食べた私はきっと狼の遺伝子を持ち合わせているに違いない。

 私は羊肉大好き人間だ。ジンギスカンや羊鍋から、焼肉、串焼、煮込み、ステーキ、マトンカレー、内臓焼き、羊脳みそしゃぶまで一通り食べているが、生肉をいただくのが初めてである。絶品だ。もう病みつきになる。

 羊肉嫌い、少なくとも進んで食べようとしない日本人が大半ではないかと思う。口をそろえていうのが「臭み」である。人によって相当感覚の差があるだろうが、私はまったく「臭み」を感じない方だ。

 海外にやってくると、羊肉は日常的に献立の主役を引き受けている。たとえば航空機ビジネスクラスのメニューなら、ビーフ、ラム、チキン、魚、ベジタリアンという5択が標準設定となっているフライトが多い。ちなみに最近ムスリム客増に対応して、ポークがかなり減ったような気がする。

 美食で知られるヨーロッパでは、中世終末期頃の肉の好感度順位では、羊、豚、牛、山羊。少し後に羊、牛、豚、山羊へと変わるが、羊は常にトップの座を占めている。現在、フランスの高級レストランでは、子羊料理が正餐の場において必ずといっていいほど供されている。

 しかし、日本料理には、ジンギスカンを除いて、羊肉はまったく登場しない。臭みが難点で日本料理に合わないというような先入観や無知や偏見を捨てて、まず料理人というプロレベルでの挑戦があってもいいような気がする。

 NOBUでは、ラムチョップが1品になっている。だが、調理法はソースベースの西洋風であって、もう少し和風にアレンジすることも可能であろう。特にマレーシアやインドネシアから中東にかけて巨大なムスリム市場を前に、あえてタブーとされてきた羊肉を日本料理に取り入れる。このような試みがあってもいいのではないか。いや、ぜひあってほしいものだ。

 私が料理人に生まれ変わったら、恐らくやっていたかもしれない。それも狼の遺伝子か・・・。

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アラブの旅(17)~酒に女、生前楽園のアラビアンナイト

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 アラブ人が酒を飲んでいる。一瞬、私は自分の目を疑った。バーレーンの某高級レバノン料理店で目撃した紛れもない事実だ。

バーレーン市内某高級レバノン料理店

 サウジアラビア風のカンドゥーラ姿の男性たちとアバヤ姿の女性たちのグループがワインを飲んでいる。中に色気満点のアラブ系女性が男性としっかり手を握って談笑している。

 まるで、同伴出勤のようだ。いや、もしかしたら、同伴出勤だったかもしれない。時間は木曜の夜22時、金土休みのアラブ系にとってはまさに「ハナモク」だ。

 22時過ぎると、ショーが始まる。アラブの歌やダンスが次々と繰り広げられる。どんどん盛り上がるエキゾチックなアラビアンビートに乗って客も男女問わず肩や腰を振り出し、踊り始める。

強烈なビートに乗ってベリーダンスが始まる

 ショーの踊り子は舞台から降り、客席を回って客と一緒に踊る。なかに、これもサウジ人風のオジサンが踊り子をつかまえてついにペアで「アラビアン・ワルツ」状態になる。

 客の女性たちは次々とヒジャブ(スカーフ)を脱ぎ捨てると、その美貌ぶりにはただただ驚くだけ。豊満なボディに堀の深い顔立ち、濃い目のメイク。それにヒジャブから解放された長い髪が肩に垂れた時点で、もう言葉が出ない。

 酒飲み、女性の肌の露出と色気、異性とのスキンシップ。宗教の戒律に厳しく規制されている項目の数々、ここでは欠片もなく捨て去れた。

豪華なレバノン料理

 コーラン第56章10節から24節ならび27節から40節にでは、死後の楽園についてこう描写している――。

 「錦の織物を敷いた寝床の上に、向い合ってそれに寄り掛かる。永遠の少年たちがかれらの間を巡り、手に手に高坏や輝く水差し、汲立の飲物盃を捧げる。かれらは、それで後の障を残さず、泥酔することもない。また果実は、かれらの選ぶに任せ、種々の鳥の肉は、かれらの好みのまま。大きい輝くまなざしの、美しい乙女は、丁度秘蔵の真珠のよう。これらはかれらの行いに対する報奨である」

 「本当にわれは、かれらの配偶として乙女を特別に創り、かの女らを永遠に汚れない処女にした。愛しい、同じ年配の者。これらは右手の仲間のためである。昔の者が大勢いるが、後世の者も多い」

 もしや、これは楽園の生前体験ではないだろうか。この体験をもってまた明日も彼たちは修業に励むことだろうと、私はそう想像している。それにしても、アラブ人、特に戒律がもっとも厳しいサウジアラビア人はまさかこんな享楽ぶりを見せるとは驚くばかりだ。バーレーン人のタクシー運転手に聞いたら、彼が思わず噴き出した。

 「酒?酒は飲みますよ。サウジ人は酒大好きなのさ。女も好きよ。スケベオヤジが多いですよ。サウジ人の金持ち連中が週末になると、バーレーンに押しかける。酒も女も何でもやる。エクスヒビション通り(注:バーレーン一の歓楽街)あたりのレストラン、パブ、クラブはサウジ人客が来なかったら、全部潰れますよ。まったくも、狂ってるよ。この世の中。ほら、この酷い渋滞も全部サウジ人のせい・・・」

ライトアップされるバーレーンのグランドモスク

 時は零時。バーレーンのグランドモスク前は相変わらず大渋滞。

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アラブの旅(16)~クウェート料理のセピア色の影を求めて・・・

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 料理にも新旧の顔がある。前衛的なコンテンポラリー料理よりも、私はノスタルジックな「陳腐派」の部類を好む。クウェート料理のセピア色の影を求めて、やってきたのは、ここ――。

 「Shatea Alwatyia Restaurant」。タクシーは迷子になって途中で1回交替して、2人目の運転手も一苦労してやっとたどり着いた店は、クウェートの繁華街から外れた荒涼な空き地の一角にある古民家であった。

 これ以上ないノスタルジックなレストランだ。場末感たっぷり。というよりも、客はほかに誰もいない。懐旧ムードに浸かるまではただただ心細さで動揺していた。大丈夫だろうか。

 それは大丈夫どころか、素晴らしい料理を出してくれたのだった。まず、鶏レバーのザクロソース炒め。これももう絶品中の絶品。フォアグラ顔負けの出来だ。いや、むしろフォアグラの脂濃さがなく、鶏レバーのほうが上等ではないか。キンキンに冷えたウォッカのショットがあれば、グイッと昇天するに間違いなし。

 考えちゃだめ。酒のこと。ここはクウェートだ。酒が飲めないので、早速とメインに入る。

 蝦カレーは、見た目では全然色気ないが、味は一流。これはいわゆるクウェート流おふくろの味だろう。さらに魚料理。本日は低級魚のZubaidi焼き。ヒラメかマナガツオか、その中間くらいの魚だ。その素朴さと美味、もう言葉が出ない。

 クウェートという国は、日本人に馴染み薄い。観光でやってくる人も少ない。だが、この国は湾岸戦争や石油だけではない。セピア色の影がちゃんとあったのだ。

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アラブの旅(15)~潮風と水タバコの甘い香り、禁断海岸カフェ

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 クウェートのスーク・シャークの端に孤立している海岸カフェが目に入った。というよりも潮風に乗って漂ってきた水タバコの淡い香りに釣られて入ったのは、「Port Restaurant」という海沿いのカフェ。

 客はほとんど地元・中東系。常連らしき客も少なくない。ほとんどの客が水タバコを楽しんでいる。その独特の淡い、甘い香りがなんとも心地よい。

 真っ黒なアバヤ姿の女性たちも優雅に水タバコを吹かしながら社交話に花を咲かせている。潮風に吹かれて乱れるヒジャブ(スカーフ)を直す気もなく、真っ赤な口紅を水タバコの吸い口に残しながら微笑む。

 なんとセクシーな光景であろう。もっとも禁欲的な世界だからこそ、女性の魅力が逆に引き立てられてしまうというまさにパラドックスだ。

 禁断の果実を食したアダムとエバは、裸であることに気付き、それを恥じてイチジクの葉で腰を覆ったという人類の原初から、ユダヤ教、キリスト教そしてイスラム教へと流れてくると、ついに女性の全身を覆う服装ができたのも、女性の美しさを隠し、男性への誘惑を遮断し、風紀の乱れを未然に防ぐためであろう。

 さらに言ってしまえば、自律の機能不全を予想しての他律、それが宗教(戒律)の主たる機能である。それを裏返せば、本能や欲望の存在に対する無力な是認ともいえよう。いや、だからこそ、善悪という倫理基準を打ち立てることが必要だったのである・・・。

 と、いろいろ妄想を膨らませる私の前には、注文した食事がやってきた。これがクウェート料理か。グリル魚と揚げ魚の盛り合わせとクウェート風サラダ。旨いじゃないか、これ。ビールが欲しい。

 「ちょっと、ビールくださいな」と口走りそうになった自分。ここ、クウェートは完全禁酒国家である。その分、妄想は犯罪ではない。いや、それどころか、最高の1品になったのである。いつの間にか妄想でほろ酔い気分になった。

 ボナペティ、クウェート料理。

<注>慣習・礼儀上、女性たちにレンズを向けられず、私の食いっぷり写真で・・・。

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アラブの旅(7)~ニズワへデーツの買出し、山岳オアシスで昼食

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 1月2日(月)、今日も遠出の日。8時30分、オマーン人ガイド兼運転手がホテルでピックアップしてくれ、車でニズワへ向かう。観光も兼ねて最大の目的は買出し。このため、真っ先に目指すのはニズワ・スーク(市場)。

ニズワ・スーク到着

 デーツ、ナツメヤシのこと。これはアラブ人をはじめ、マレー系ムスリムの日常食である。何を隠そう、私はマレーシアに移住してからデーツの大ファンとなったのであった。

 デーツの話、また後で詳しく語ることとしよう。ちなみに、今回の旅の食の話は膨大な量であるため、あえて触れずに番外編として最後にまとめたいと考えている。

 スークでデーツの大量購入。デーツといっても、100種類以上ある。選ぶのに一苦労する。試食だけでもお腹いっぱいになる。デーツを美味しく食べてくれる外国人を見ると、オマーン人は皆大喜びする。

 テーツの仕入れが終わると、スークの野菜・香辛料売り場へと進む。大きなスークである。早朝のラッシュがひと段落したところでやや閑散としているが、それでも市場ってわくわくするものだ。

 市場とスーパーの一番大きな相違点は、市場は品目カテゴリー別の陳列になっておらず、個人店主ブースに分かれていることだ。不合理といえば不合理だが、人間付き合い中心の商取引からすれば、それがもっとも合理的なレイアウトである。

 1時間以上の買出しを終えて、やっと観光になる。時間があまりないので、ニズワ・フォートに登って街並みを眺望して観光もそれで終わり。ハジャル山地の中腹にあるオアシス都市ニズワは、6世紀から7世紀にかけてはオマーンの首都であった。ゆっくり見て回るのなら1日はかかるが、今回は時間の制限で、割愛する。

ニズワ・フォート

 昼食の時間だ。1時間くらいかけて4WDが山道を疾走し、ジュベル・アフダル(別名「緑の山」)に登る。海抜2000メートルを超えたところで、気温が10度以上も下がり、19度にまで落ちる。

 冷涼な空気に包まれる山頂のオアシス、サハブ・ホテルでゆっくり昼食を取りたい。思ったよりも洗練された山岳リゾートで、ガーデンからの眺望は抜群である。グランドキャニオンを彷彿とさせる険しい荒涼な渓谷や山々を見渡しながら、構内のオアシス的なムードに浸かる・・・。

 食事もかなりレベルが高い。もちろん中東料理である。

 15時、やっと昼食を終え、帰途につく。17時、マスカット市内に帰着。夕暮れのなか、グランド・モスクを背景に記念写真を撮り、本日のプログラムは終了。いやいや、オマーンは素晴らしい国だ。

<次回>