「スーチー大統領」を目指して、あらゆる工作が着手されているようだ。一部のメディア報道によれば、ミャンマー憲法の一時凍結案も浮上しているという。
スーチー氏は外国籍の親族を持ち、憲法上では大統領の資格がない。ところが、スーチー氏は総選挙で圧勝後、「私は大統領の上に立つ」と明言した。昨年11月に私が書いた記事「『無簾聴政』スーチーのミャンマー、混迷時代の幕開け」では、スーチーの摂政政治を想定していたが、どうやら氏の野心はとどまるところを知らず、「傀儡大統領」よりも、露骨に表舞台である「大統領の座」そのものを狙うようになったのである。
大統領資格に関連する憲法59条Fを一時凍結する案が提示されたようだ。凍結案が国会に発議され、過半数の賛成が得られれば成立する。さて、この先はどうなるのだろうか。
スーチー氏は民主主義の闘士であったことは間違いない。それで得た人気に乗じて彼女は権力の座を手中に収めようとしている。手続きが合法であれば、むしろ他者が異論を差し挟む余地がない。ミャンマー国民の意思を尊重しなければならない。世の中一度地獄を見たほうがいいという場面もある。民主主義それ自体も、失敗や学習とともに熟成していくだろう。
ただ、極めて私見の範疇になるが、向こう数年のミャンマーは、おそらくかなり混乱の時代を迎えるのではないかと。外国投資も躊躇するだろう。時系列的にベトナムの黄金期が10~15年だとすれば、「Next Vietnam」としてミャンマーが浮上する可能性が十分ある。悠長に・・・。
ミャンマーは、憲法そのものが国軍の政治や経済への関与を保証する形になっていて、その改正が国軍の支持がなければ不可能なように制定されている(国軍の議員数が4分の1で、改正に必要なのが議員の75%)そうですね。これが、国軍が民主勢力へ仕掛けた最後のハードル(罠?)ということです。
つまり、政治や商業を軍から独立させ、健全な民主主義を成し遂げるためには、一時的にしろ憲法の上に立つものが存在しなければならないという理屈です。
そのような意味で、本当の民主化を成し遂げるためには、(軍が自ら崩壊するか、譲歩しない限りは)避けることのできない道であり、それをスーチーがやっているというのがニュース等からの情報による私の理解ですが、他にも国軍から政治と経済を切り離す方法があるのでしょうか?ミャンマーに詳しい立花先生のご意見を伺えればありがたく存じます。
まず、「軍=非民主」「軍対民主勢力の戦い」という既成概念を取り払う必要があるでしょう。逆に、スーチー氏がこの「軍=非民主」という世間一般的な既成概念を悪用して新たな独裁を作り上げる、これを警戒しなければいけない。その新たな独裁は、独裁の悪名をもつ軍ではく、民主主義の闘士として世界に認知されている人間が操るだけに、より巧妙で隠蔽的、明らかになるまで、時間と多大なコスト・犠牲を要するのでしょう。これがいまのミャンマーです。むしろ、これから、将来的にスーチー氏の独裁をけん制する役割をある意味で、軍が引き受けるというパラドックス(逆説的現象)も起りうるでしょう(軍が買収されなければの話だが)。いや、それが不可避なのかもしれません。