衆愚政治の危機、愚民の暴走にはブレーキが必要だ

 フィリピン大統領選の投票が始まった。「暴言市長」のドゥテルテ氏が予想通り優勢を保っている。楽観できない情況だ。

 衆愚政治は紛れもなく民主主義の副産物だ。だからといって民主主義の全般否定にはならない。普遍的価値として民主主義が世界の主流として定着したのは、これを超越し、更なる優越性を有する制度が見つかっていないからだ。資本主義もまた然り。

 それ故に、批判があっても否定にはならない。批判は絶対に必要だ。

 ルソーが提示した社会契約論の中核は、一般意志である。社会の全ての人に共有される意志、最大の共通利益であると。ただ一見短期的に利益になるものが、長期的に不利益だったり最終的に社会全体に危害をもたらすこともある。そこで、目先の利益に飛びつくいわゆる愚民の暴走が大変怖い。

 一般意志の最適化、ひいていえば民主主義制度手続の精緻な止揚が急務となっている。その一環として愚民の暴走へのけん制機能が欠かせない。王政ローマ時代の元老院制度が後世において、両院制の上院に変身したのだが、その機能や運営手法の見直しも一策ではないだろうか。

 反知性主義や反権力・反体制主義のファッション化が非常に危険だ。体制や権力が即ち悪という図式は成立しない。論理的な議論が不動なる基礎となるはずだ。

 トランプ現象もドゥテルテ氏現象も何も米国やフィリピンだけの話ではない。日本も衆愚政治が走り出している。政治に無関心というのはよくないが、無知な故に軽々しい発言や意志表示(投票)がもっと怖い。個体が集団化し、その歪んだ一般意志によって共同体の利益が損なわれるのであれば、けん制と是正機能の発動が欠かせない。

 民主主義は良い車だ。ただアクセルだけではダメだ。ブレーキも必要だ。

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コメント: 衆愚政治の危機、愚民の暴走にはブレーキが必要だ

  1. パンをくれという民衆にはパンを与える以外に暴走を止める手段はありませんよ。

  2. 民衆の不満は、大多数の意見を封じることによって抑えることができるのでしょうか。「制度を変えることによって対応する」。確かに可能かもしれないですね。そういう意味では中国の制度を見習うと良いのかもしれません。

    ただ、中国にしろ、最終的な民を豊かにすることでしか、民衆の不満を抑えることは難しいようにもみえます。

    民衆の不満のもとはどこにあるのでしょうか。著しい格差ですね。先日も、日産社長の報酬制限が話題になりましたが、国民感情ともいえるほどにこうした意見が強くなってきています。こうした動きが世界的に広がるかもしれません。

    多国籍企業が世界の税法の網を抜けて儲けたお金が、富裕層をさらに豊かする。こうした現象も民衆を怒らせています。

    さらに言えば、森林伐採、無節操な資源の開発等の環境破壊を通じて、人類の未来を代償にしながらの利益追求。そうしたものを通じて、さらに豊かになる富裕層。ほとんど恩恵を受けないどころかさらに苦しい生活を迫られる貧しい民衆。

    抑えられるべきなのは、貧しい民衆の暴走なのか、際限のない豊かさを求める富裕層なのか・・・。

    民主主義が選ぶのがどちらかによって、人類の未来は決まるのかもしれませんね。

    1.  日産社長の年収は、10億円程度なら妥当だと思います。彼より有能で代替可能な人がいれば、彼が取って代わられます。代替性の問題です。日産社長の報酬を問題にするいわゆる「国民感情」はルサンチマンでそれがまさに衆愚政治の原点です。

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