漢籍古今談、「経史子集」の現代コンパクト版

 漢籍は「経・史・子・集」という「四部」の分類法で上下の順位を付けられている。

 「経」とは経書、経典、教義的なもので最上位に位置する。「史」とは史書であり、史実が教義の次に置かれている。「子」とは諸子百家による諸派諸説であり、そして最下位にある「集」とはまさに寄せ集めとなる各部門の実学である。

 つまり、「経」=「であるべき!」、「史」=「であった。」、「子」=「なぜ?何が?」、「集」=「どのように?」と、私は解釈している。

 「であるべき!」先行。結果ありきの分類であって、なんと儒教的なのだろう。論理的に考えると、歴史を見て、様々な議論を交わし、学問を深め、最後に結論を出すという順序ではないだろうか。

 要するに「史・子・集」の最後にようやく「経」がやってくる。いや、「経」ではなく「果」である。

 儒教的な学問の思想、こうした硬直化した思考回路を受け継いだ人間(中国人も、日本人も)は、良くも悪くも正統派である。しかしその正統派のコンパクト版がもっと恐ろしい。「史」も「子」も抜かれ、「経・集」だけになる――。

 「経・集」。経験の寄せ集めで行動する人間、その先はもう見えている。

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