【Wedge】トランプを読み解く(5)~米朝決裂をどう見るべきか?不敗の交渉と深遠な謀略

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 米朝首脳のハノイ会談が決裂した。ワーキングランチまでキャンセルしての繰り上げ解散はいかにもトランプ流だった。大方の報道は「交渉決裂」「交渉失敗」としているが、果たしてそうなのか。交渉を目的とすれば、失敗になるが、交渉を手段、あるいは最終的な戦勝の一小道具として考えれば、結論も違ってくる。

● 交渉とは?目的と手段の転倒

 拙稿「米中交渉の根本的な食い違い、中国を打ち負かす秘策とは?」で述べたように、交渉は必ずしも妥結するためのものとは限らない。民主主義制度の下で、政治家の手腕や実績は在任期間というスパンで評価されている。さらに、再選・続投するために、もっと短いスパンで実績を示さなければならない。

 これは何も政治家に限った話ではない。サラリーマン社長や経営幹部も同じ状況だ。企業の永続的繁栄という長期的な視点をもつ者はほんの一握りに過ぎない。これはやむを得ない。個人的利益を無視して完全な滅私奉公を求めるには無理があるからだ。

 国際政治の場においては、リーダーがいかに諸外国との交渉を妥結させるかが評価指標になっている。妥結をプラス評価、決裂をマイナス評価とするのが常識になっている。すると政治家は懸命に妥結の落とし所を探し求めるのである。つまり、交渉は手段よりも目的化する。

 このような目的と手段の倒錯現象が日常化すればするほど、マスコミも世論も交渉といえば妥結か決裂かにばかり焦点を合わせるようになるし、世の常識と化する。

 交渉とは何か?日本語の国語辞典では「特定の問題について相手と話し合うこと」「交際や接触によって生じる関係」などと説明されるが、英語の辞典では「合意に到達することを目指して討議すること」などと説明されている。それに準じて、交渉とは、利害関係が生じている中で、合意点を得るために行われる対話、議論、取引である。その目標は双方が受け入れることができる諸条件を導き出し、それに合意することである(Wikipedia)。

 この解釈を見ても、交渉それ自体が目的化されていることが分かる。場合によって、そうした「常識」を「非常識」と捉え、交渉を手段とする運用はできないものか。私から見れば、トランプ大統領は不世出の奇才、あるいは交渉・謀略の鬼才だ。ただ非常識の持ち主であるが故に、世間には奇人変人扱いされるけれど。

● 「悪」より「無」、交渉ボトムラインが乖離したワケ

 英語で「No deal is better than a bad deal」というが、悪い取引より、取引なしのほうがマシだ。悪より無、これがトランプ氏の鉄則になっている。

 単体の交渉という次元からいえば、必ずボトムラインを事前に設定しなければならない。いわゆる譲歩や妥協の最低ラインである。最近の日本人ビジネスマンは交渉に先立って、ボトムラインを上司に事前確認しないケースが多い。すると、「本日の件は持ち帰って上司と相談する」の一言で、交渉相手(外国人)に「権限を持たないやつと交渉しても仕方ない」と思われ、一気に信頼を失う。

 トランプ氏も金正恩氏もトップである以上、ボトムラインはそれぞれしかっりもっているだろう。交渉にあたってまず、両者のボトムラインの設定が前哨戦となる。

 トランプ氏はある程度の大枠をもっているが、むしろ交渉の妥結を期待しない分には、ボトムラインをそれほど重視せず、いや、ボトムラインよりも、これだけの良い条件なら妥結してやってもいいという上方線を描いていたのではないか。言いかえれば、その上方線が下方に位置すべきボトムラインを幾分も引き上げてしまったのである。

 一方で、ハノイでの米朝首脳会談を控え、米国政府がさまざまな形で楽観的な言動を見せた。金正恩氏はすっかりこれにつられて希望的観測の罠に陥ったのではないか。

 確証バイアスという概念がある。自分の好きなもの、信じていること、やりたいこと、慣れ親しんでいる価値観・世界観、希望的観測、固定観念、あるいは「自己的結論」を一括りして、現実に起こり得るものと信じ込むのである。

 見たいものだけを見て、聞きたいものだけを聞くという状況を作り出すことである。結果・結論ありきで、その「自己的結論」を裏付ける情報を選択的に選び、自分に、「これは確証できる」と言い聞かせる。逆に、その「自己的結論」に反証となるような証拠を無視したり、探そうとも見ようともしない。

 独裁者である金正恩氏は確証バイアスのかかりやすい環境にあるか定かではないが、結果的に彼もトランプ氏と同じように、下方に位置すべきボトムラインを幾分も引き上げてしまったのではないかと推測される。

 2人が持つべき「理性的な」ボトムラインはこうして過剰に「上方修正」された時点で、現実との乖離が生じ、交渉は妥結するはずもなく、早い段階で決裂する。会場のホテルから走り去る専用車の後部座席に座る金正恩氏の表情は険しかったと報じられる様子も、挫折を味わう普通の青年と何ら変わりもない。

● 交渉が決裂した後、深遠な謀略とは?

 交渉が決裂したことで、さすがに疲れの表情を見せるトランプ氏だが、落ち込んでいたとは到底思えない。予定を前倒しして記者会見に臨んだトランプ氏の発言に「We had to walk away(交渉の席から立ち去るしかない)」「Sometimes you have to walk(交渉の席から立ち去らざるを得ないときもある)」といった内容が目立った。

 挙げ句の果てにトランプ氏は中国との貿易交渉問題に触れ、「I’m never afraid to walk from a deal. And I would do that with China, too, if it didn’t work out. (私はいつでも、交渉の席から立ち去る準備ができている。交渉の席から立ち去ることを一度も恐れたことがない。交渉がまとまらなければ、中国にも同じことをやる)」と語った。

 見せしめだ。金正恩氏との交渉は決裂したけれど、これをプラス思考的に生かす方法もあるのだ。いつでもどこでも交渉の席を立ち去れるという姿勢を習近平氏に見せつけ、より強い姿勢で米中交渉に臨む。もし、トランプ氏が米朝交渉の決裂を予想し、あるいはいささか期待していたのならば、紛れもなく「確信犯」的な謀略といえる。

 米朝交渉については、そもそも交渉そのものの成功(目的)を目指すのではなく、米中交渉の前哨戦(手段)と捉えられていたかもしれない。目的と手段の意図的な転倒である。

 とはいっても、結果的に米中交渉も不調に終わる可能性が大きい。その場合は、トランプ氏は躊躇なく対中関税を引き上げるだろう。いや、たとえ25%まで引き上げなくても、現状の10%維持だけでも、中国は持ち堪えられない。中国が米中貿易戦争に大敗したところで、トランプ氏はこれを北朝鮮に見せつける。またもや、見せしめだ。どうだろう。もう一回チャンスをやるから、今度こそ三度目の正直、米国の条件を呑まないかと、最終的に第3ラウンドの米朝交渉に持ち込む。

 ハノイでは、次の米朝首脳会談の約束はしていないとトランプ氏は言った。しかし、喧嘩別れではない。トランプ氏はいつものように、「彼(金正恩)はいいやつですばらしい指導者だ」とリップサービスを忘れない。それは三度目の首脳会談に含みを残すためであろう。

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