【Wedge】休戦あり得ぬ米中貿易戦争、トランプが目指す最終的戦勝とは

 世界中の注目を集める中、G20での米中首脳会談が終わった。とりあえず合意された対中関税の第2段階引き上げの90日猶予、これをどう見るべきか。大方は「休戦」「停戦」と評しているなか、北朝鮮の朝鮮労働党機関紙、労働新聞だけが12月4日付けの報道で、米中貿易戦争が「激化」していると伝えた。

● 休戦ではなく、激戦の先送りに過ぎない

 一部の報道では、北朝鮮の「誤報」と指摘しているが、私はそう思わない。「中米(米中)貿易戦争が年末に差し掛かった今の時点でも緩和の兆しが見えず引き続き熾烈に繰り広げられている」という同紙の解説は仮説よりも、現状の反映ではないだろうか。

「休戦」も「停戦」も交戦当事者の合意により戦闘行為を停止することだ。主に全面的な戦争の終結(終戦)を目的とした場合に使われる用語である。しかし、冒頭で強調しているように、このたびの制裁関税の90日の猶予措置は、第1段階(現状)の10%から第2段階の25%への引き上げ分が対象であり、かろうじて戦闘状態の現状維持であり、休戦でも停戦でもなく、激戦を90日先送りしたに過ぎないのである。

 大胆な仮説になるが、そもそもトランプ大統領は「終戦」を当面の目標としていないのではないかとさえ思う。トランプ氏が目指しているのは、最終的な「戦勝」であって、当面の平和といった短期的利益を前提とする「休戦」や「終戦」ではないからだ。最終的な戦勝を手に入れるために、長期戦や激戦をも辞さないという腹積もりだったのかもしれない。

 ついにG20では「保護主義と戦う」という文言の首脳宣言への盛り込みを断念したのも、2週間前のAPECであった史上初の首脳宣言発出断念のような事態を避けるための妥協措置だったのではないか。一連の首脳会議は米中の対立がいかに深いかを浮き彫りにした。この溝は一時休戦や交渉で埋まる溝ではない。そもそも米中貿易戦争の根源を突き詰めると、その本質は通商問題でもなければ、経済問題でもない。政治問題だからだ。毛沢東いわく、政治とは流血を伴わぬ戦争である。故に「冷戦がすでに始まった」とある意味で理解しても差支えない。

 その辺の論点と文脈をもう一度整理してみたい。

● 政治とは流血を伴わぬ戦争である

 サプライチェーンの再編。

――結論からいおう。トランプ米大統領主導の対中貿易戦争、その最終的な意図はこれに尽きる。中国に整備されたサプライチェーンによって、安くて良質な「メイド・イン・チャイナ」が生産され、アメリカ国内の消費者もその受益者になった。市場経済メカニズムの産物である以上、資本主義市場経済体制の元祖、アメリカこそこれを尊重すべきだろう。

 しかし、事実は違う。いまトランプ氏はこの市場原理を横目にきわめて政治的な手段、大国の持ち得るすべてのパワーを動員し市場に介入し、政治で経済を制御しようとしているのである。アメリカの国家理念に反しているようにも思えるが、このパラドックス的な現象を解釈するのは実はそう難しくない。

 11月のAPECに出席した安倍首相は、自由貿易の重要性を訴えた。これは1つの正論、経済的な正論である。一方で、トランプ氏には他の正論がある。政治的な正論だ。どちらも正論だが、政治的正論が経済的正論に優先するのは政治家や支配者にとって当然のことだ。

● 「分断」がキーワードになる

 中国を見ればわかる。中国はまさにこのサプライチェーン、つまり市場経済の産物を都合の良いように利用し、そこから形成された資本の本源的蓄積を生かし、政治的勢力や軍事的勢力の拡張に乗り出したのだった。膨張する経済力を使って途上国との関係づくりに主導権を発揮し、新たな世界秩序を着々と作り上げようとしている。

 国家資本主義という意味において、シンガポールのような自己抑制力による内包的な自己拡張ではなく、外延への拡張がすでに明白な事実となった以上、しかもこれがすでに臨界点に達しつつあるが故に、外力による抑制が必要になったと、トランプ氏はこう認識、判断したのではないだろうか。

 つまりここまでくると、経済を政治によって制御せざるをえなくなったのだ。中国が作り上げようとする新秩序、その息の根を止めるには、サプライチェーンの無効化という手法がもっとも合理的だ。もちろん、コストや苦痛を伴うだろうが、それ以外には方法が皆無だ。米国内経済界からの歎願や不満を無視し、トランプ氏が対中貿易戦争を決断した根本的な理由はここにあったのではないだろうか。

 中国を遮断し、中国外で新たなサプライチェーンを作り上げ、産業集積によってノン・チャイナ経済秩序を構築する。これがトランプ氏が描いたマスタープランではないだろうか。ある意味では紛れもなく一種の戦争である。

 分かりやすく言えば、アメリカは、米中が互いを不要とする新秩序、いわゆる「分断」を作り上げようとしている。昨今の世界では、「融和」が善であり、その対極にある「分断」は悪であるという価値観が主流になっている。しかしながら、自由貿易という「融和」を中国が利用し、経済的利益と政治的利益の二鳥を得ながらも、アメリカは政治的不利益を蒙ってきたという事実は無視できない。したがって、アメリカはいよいよ「分断」という悪を動員し、政治的利益を奪還しようと動き出したのである。

● 中国によるサプライチェーンの完全掌握を阻止せよ

 こうして、米国は能動的に戦略的意図を込めて新秩序づくりに着手しているのに対して、中国はむしろ受動的にこれを受け入れざるを得ない前提があって、つねに米国に「やめてくれないか」というシグナルを送りながら、新秩序づくりの中止にあらゆる可能性を模索し続けているのである。

 故に、中国は米国以上の苦痛を味わうことになろう。新秩序の構築には時間や労力、様々なコストがかかる。試行錯誤も繰り返さなければならない。そうした意味で、米中ともに同じ状況に直面せざるを得ない。だが、なぜ中国がより大きな苦痛を味わわなければならないのか。

 中国にははたしてこの米国発の「分断」要請に応えて、脱米国を前提とする、かつ米国陣営の新秩序に対抗し得る中国の新秩序を作り上げることができるのか、という課題が横たわっている。サプライチェーンを上流から下流まで整合するには、ハイテク系の中核技術をはじめ中国に欠落しているキー・セクターが数多く含まれている。

 現状ではまさに、中国はこれらを入手しようとサプライチェーンの本質的な完全獲得を目指して工作し取り組んできたところで、米国はこれを最終段階と読み、息の根を止める作戦に乗り出したのだった。そこで最終的成功の一歩手前で前進を止められた中国は、独自のサプライチェーンを整備することはできるのか。頑張って一部できるにしてもその大部分には相当な無理があるだろう。

 ハイテクが無理なら、ローテクでどうだろう。実は直近の中国国内の世論では一部、原点回帰を唱える論調や言説も出始めている。そもそもこの辺が中国経済の成長の原点でもあった。しかし、残念ながらすでに手遅れだ。中国は労働力人件費の高騰によって、ローテク分野の優位性をすでにベトナムや東南アジア勢に奪われているからだ。

● 中国の弱み、資本流出と外資撤退が止まらない

 さらに、政治的要素だ。このように中国は貿易戦争よりも、独自のサプライチェーンの再編・再構築において本質的な困難に直面している。そこで挙国の一致団結をもってこの山を越えられるだろうか。少なくとも現状ではあまり期待できないと言わざるを得ない。

 資本流出も大きな問題になっている。2年前の元安による資本流出に比べると、米中貿易戦争による今回の流出は様子が違う。まず、元安からくる資本流出がさほど見られない。今年4月の1ドル=6.3元の為替相場だが、12月現在6.8元‐6.9元へと元安が進んだ。中国外貨管理局のデータを額面通りに読めば、今回の元安は資本流出を加速化させたような形跡が薄いものの、資本は流出し続けている。

 この流出は実際に公表データにならず、闇通路を使っている。たとえば香港経由の見せかけの貿易取引が1つの手段である。海外M&Aや海外での保険購入なども元を直接使用できるために、外貨管理局の為替決済を経由せず、データとしてモニタリングができない。無論当局はこれらの闇通路に気付かないはずがない。そこでいたちごっこの攻防戦が繰り広げられる。最近、香港や海外でのIPOを巧妙に使いこなす中国企業も続出し、まさに「上に政策あれば下に対策あり」の様相だ。

 資本流出は国民レベルの対国家コンフィデンスが非常に弱い(自立心が強いともいえる)ことを意味する。いまさら、四面楚歌の境地に陥って求心力を語っても何の意味もない。パニックが加速するのみだ。

 企業も然り。米国中国総商会と上海米国商会が9月13日に公表したデータによると、米中貿易戦争の激化を受け、約3分の1の在中米国企業は生産拠点を中国から転出する意向を示している。外資撤退は問題だが、中国系企業の海外投資もどんどん加速化している。つまり、中国企業も「中国外のサプライチェーン」の構築に進んで参加しようとしているのだ。

 貿易戦争への対策として中国には元安誘導という手もある。ただ、元安は諸刃の剣、株式との連鎖安やさらなる資金流出を招きかねず、悪循環に陥る。1ドル7元あたりからいよいよ危険水域に達し、赤信号が灯る。外資撤退や資金流出の先には、中国経済の失速が懸念される。それに連鎖的に最後の砦となる不動産相場も低迷した場合、国民の資産が目減りすることになり、政治に対する不満がさらに募る。

● そして何よりもリストラと雇用問題

 さらに、泣き面に蜂。外資撤退などに伴うリストラの問題が表面化する。労働法によってガチガチに守られている労働者たちはより高額な補償金を手に入れようと企業との戦いを本格化・尖鋭化させる。たとえば、今年1月9日に発生した日東電工の蘇州工場一部閉鎖に伴う従業員デモ騒動事件もその好例。外資撤退に際しての騒動はストライキだったり、デモだったり、過去にも見られたような従業員による企業経営者幹部の監禁だったり、なんでもあり。撤退は進出より何倍も何十倍も難しいというだけに、外資にパニックが起きる可能性もなくはない。

 最終的に、数十万人や数百万人単位の失業者は深刻な社会問題になる。失業した者は家のローンを払えなくなる。再就職の目途も立たないなか、政府はどこまで保障してくれるのだろうか。政府にできることは、企業に圧力をかけてリストラをさせないことくらいではないか。その延長線上では、外資の撤退にある種の「嫌がらせ」を加えてもおかしくない。

● 分断の時代、米中を選択する時代の到来

 外交面にも影響が及ぶ。バラマキ外交で取り込まれてきた途上国や、経済的利益で付き合ってきた先進国も「金の切れ目が縁の切れ目」で散っていけば、中国の孤立化に拍車がかかる。

 すでに中国の融資や援助を受けてきた国々も離反の姿勢を見せている。今年5月、マレーシアで政権交代が実現し、マハティール氏が92歳の高齢で首相への返り咲きを果たすや、高速鉄道などインフラ建設案件の中止を決断し、借金漬けにさせられた中国投資の追い出しに取り掛かった。

 インド洋の島国モルディブでは11月17日、野党の統一候補として出馬し、大統領選で勝利したソリ氏の就任式が行われた。ソリ氏は親中派ヤミーン前大統領の外交政策を厳しく批判し、対中関係の見直しやインドとの関係強化政策を明確に打ち出した。

「脱中国」という言葉が使われて久しい。その裏には、中国への過度依存という背景があった。いよいよ本格的な分断と棲み分けの時代がやってくる。サプライチェーンに関していえば、「中国外サプライチェーン」は今後数年かけて着々と造り上げられるだろう。

 日本も含めて米中以外のアジア諸国にはまさに、難しい選択を迫られる時がやってきた。それはもはやサプライチェーンの次元を超えて、基本的立場や政策というレベルで考えなければならなくなる。

 シンガポールのリー・シェンロン首相は11月14日、同国で開催されたASEAN首脳会議後の会見で、「もし2つの敵対国と同時に友好関係をもつなら、両方とうまくやれる場合もあれば、逆に気まずくなる場合もある」と語り、米中を選択する時代の到来を示唆した。

タグ: