ついに来たのか。トランプ米大統領は5日、中国からの輸入品2000億ドル分に対する追加関税を5月10日に10%から25%へ引き上げると表明した。さらに追加関税の適用対象となる中国産品を拡大する可能性にも言及した。
3月に予定されていた関税の引き上げを2カ月あまり引き延ばした意義は大きい。与えられたチャンスを生かせなかった中国側の問題になるからだ。さらに、中国が交渉から脱退すれば、トランプ氏は「残念だ。でも、交渉のテーブルは撤去されたわけではないから、いつでも戻ってきてください」と堂々と言えるようになる。ハノイでの米朝交渉は、トランプ氏が交渉のテーブルから立ち去ったが、今回は中国が立ち去らざるを得ない状況を作り上げたのである(参照:米朝決裂をどう見るべきか?不敗の交渉と深遠な謀略)。
交渉は妥結するためのものではない。交渉は最終的戦勝のための小道具にすぎない。この「トランプを読み解く」シリーズで、私は一貫して指摘してきた。米朝交渉に続き、「結果的に米中交渉も不調に終わる可能性が大きい。その場合、トランプ氏は躊躇なく対中関税を引き上げる」。前記の拙稿に書いた私の予想もどうやら的中しそうだ。
● 追い風に乗った豚がいずれ墜落死する
米中貿易戦争はトランプ大統領が在任中に仕掛けた世界規模の「ビッグ・イベント」だ。この貿易戦争はどのくらい続くのか。短期的に中国や米国、欧州の経済界が巻き込まれているだけでなく、さらにそれが長期化すれば、解決策は皆無に近いと見ている世界的な大物経営者がいる。アリババ集団の馬雲(ジャック・マー)会長である。
今年1月3日、馬雲氏が2018年度世界浙商上海フォーラムで演説し、「文句を言うな 。誰もがトランプを変えられない。みんなは自分の母ちゃんでも変えられないだろう。だったら、さっさと自分を変えろ。自社の人事を変えろ、組織を変えろ、評価基準を変えろ。要するに自分を変えることだ。これが最重要だ」と喝破した。
馬会長は、「米中貿易といえば、これまで対立がなかったのが異常だった。対立があって当たり前だ」とし、企業の経営難について、「大方の経営者はマクロ環境のせいにし、自分自身に問題を見出そうとしない。経営がダメな企業の90%はマクロ経済とまったく無関係だ」と指摘した。
さらに、馬会長が続ける。「2019年は情勢がどう変わろうと、とにかく自社のことに専念する。調整すべきところは調整する。リストラすべき人間はリストラする。増員すべき部門は増員する。外を見るのではなく、内を見ることだ。こうしてはじめて難関を乗り越えられる。とにかく、自社の強化、これに尽きる……」
締めくくりがユーモアたっぷり。「むかしは、追い風に乗って豚も空を飛んだ。その追い風が止んだところで、墜落死するのは豚だ。豚には翼が生えてこないものだ」。米国が空を飛ぶ鷹だとすれば、これに対比しての豚は意味深長ではないか。
● 馬雲が描いた米中貿易戦争の将来像
馬雲会長は昨年9月10日、1年後(2019年9月10日)にアリババ集団の会長職を退任すると発表した。発表当日は、馬氏の54歳の誕生日で、中国の「教師節(教師の日)」にもあたる。「自分が心から愛する教育の世界に戻りたい。私にこの上ない興奮と幸福をもたらすだろう」。一代で世界的企業を作り上げたカリスマ創業者が50代前半にしての早期引退は国内外に衝撃を与えた。
辞任発表のわずか1週間後、馬雲氏は杭州市で講演し、米中貿易戦争は米中覇権争いであり、トランプ大統領の任期が終わっても戦争は終わらず、20年間にわたって続く可能性があると指摘した(2018年9月18日付けブルームバーグ報道)。
その直後の9月22日、私のブログに読者から次のコメントが寄せられた――。
「米中の争いは単なる経済戦争ではなく、覇権戦争でもあるから、トランプ政権後も続き、20年以上にわたる長い戦いとなるだろうという人(馬雲氏)もいる。本当だろうか。トランプ政権の次の政権が、トランプと同じ方向を突き進むとなぜそう断言できるのだろうか」
多くの人の疑問を代弁するコメントでもあった。トランプ大統領が仮に再選を果たして続投するとしても残り6年しかない。次の1代や2代の大統領がトランプ氏の既定路線を踏襲する保証はない。なぜトランプ氏が仕掛けた対中貿易戦争が20年以上も続くと、馬雲氏は言いきれるのだろうか。
中国のような国で世界級の企業を築き上げ、経営するには、経営面における卓越した才能だけでなく、優れた政治的嗅覚も兼ね備えなければならない。馬雲氏がそうした人物であるならば、その米中貿易戦争の「20年説」は極めて意味深長なもので、吟味に値するだろう。
米中貿易戦争が20年以上も続くという仮説が成立するには、たった1つの条件を満たせばよい。それは戦争を仕掛けたトランプ氏以降の歴代大統領も、その既定路線を踏襲せざるを得ない状況に置かれることだ。
● 馬雲がもしトランプだったら……
米中貿易戦争の「20年説」と馬雲氏の引退宣言。ほぼ同じタイミングで世界に発信されたことは、単なる偶然なのだろうか。
今年9月、55歳という若さでアリババのトップの座から引いた場合、20年後の馬雲氏は75歳。これは何を意味するか。90歳を前に引退を表明する華人大富豪の李嘉誠氏がいれば、93歳の高齢で政権復帰するマハティール氏もいる。人生100年、終身現役の時代というだけに、馬氏はもしや、10年や20年スパンで第2、あるいは第3の人生を考えていたのかもしれない。
ファーウェイのような「政治的」企業の経営者である場合、米中貿易戦争やら何やら政治的なトラブルに巻き込まれ、早い段階で身が滅ぶ羽目になれば一巻の終わりだ。人生はまだ長い。金に困るわけでもないし、しばらくの間は身を引いて静かにするのが一番。まさに「韜光養晦」の真義である。
しかし、馬雲氏は貿易戦争の「20年説」を打ち出しながらも、20年後はどうなっているのかという将来のシナリオを描いていない。いや、むしろ自分の胸中を推し量る楽しみを世間に与えるという意味で、彼は実に愉快な大物であろう。
馬雲氏がもし米国生まれ米国育ちの企業家だったとすれば、トランプ氏に酷似する存在になっていたかもしれない。彼はもしや、自分もトランプ氏同様、最終的に経済だけでなく、政治的にも世界を変貌させ得る力の持ち主であることを確信していたかもしれない。故に、彼は自分がもしトランプだったら、同じように、20年も続く貿易戦争を中国に仕掛けただろうと考え、「20年説」を語ったのかもしれない。
● 20年後の世界とは?
中国やロシア、トルコ、フィリピン……。世は「独裁者」の全盛期だ。
中国共産党が国家主席の任期撤廃案を発表し、主席が無期限で務められるようになることを聞いたトランプ大統領は、「習氏はいまや終身大統領だ。偉大だ」と発言し、「そして、習氏にはそれが可能になった。素晴らしいことだ。われわれもいつか試してみなくてはならないだろう」と述べた。本音か冗談かは知らないが。
そもそも中国は外部の民主主義制度やグローバリゼーションを利用して経済成長を遂げたのである。いざ外部世界、とりわけ米国だけでも通商の自由を部分的に制限すれば、中国は多大なダメージを受けることになる。
3月19日付けのボイス・オブ・アメリカ(VOA)の記事(中文版オンライン)は、「中国はこれまで紛れもなく世界の主要輸出国であった。しかし、中国の貿易黒字がいま縮小しつつある。中国は急速な開放に踏み切り、外資を誘致しなければならない」と、「外資誘致の切迫性」を指摘した。
記事は、モルガン・スタンレーが直近発表した報告を引用し、「今年(2019年)中国の経常収支が悪化し、25年ぶりに年間ベースの経常赤字に転じる」との予想を報じた。さらに中国人消費者の海外消費の拡大、高齢化の進行、労働力の減少、労働力コストの増加、貯蓄率の低下など、負の要因がそろっている。
経常収支の赤字転落は資本流出に対する緩衝を奪うだけでなく、信頼感を損ね、資本流出をさらに加速させる可能性がある。要するに、「外資誘致の切迫性」と裏腹に逆の動きがどんどん強まるわけだ。
このような状況が20年も続くと、中国はどうなるのか。このシナリオを描いているのはトランプ氏である。20年どころか、2年だけでもこれが続いた場合、大変なことになる。外資の流出が莫大な規模に上り、サプライチェーンの移転が着々と進むだろう。一旦流出した資本や移転されたサプライチェーンは二度と中国に戻ることはあるまい。たとえトランプ氏の後任が政策を転換しようとしても、すでにできない状態になっているはずだ。
そうした意味で、新たな世界秩序が出来上がった時点で、トランプ氏は青史に名を垂れる偉大な政治家として墓に入れるだろうし、70代の馬雲氏は今日のトランプの如く風雲児として世界の表舞台に舞い戻ってくるだろう。