中国政府の環境保護への取り組みと外資企業への影響

[本文は、当社首席法律顧問・陳浩然弁護士(復旦大学法学院教授)の2007年8月25日講演収録より抜粋・翻訳されたものです]

● 厳しい環境保護の現状

 環境保護をとりまく厳しい状況を踏まえ、国家環境保護総局は中国の新しい環境保護政策体系の構築に積極的に取り組んでいる。

 中国ではこれまで4回にわたり「環境保護の嵐」と呼ばれる大規模な環境保護活動が展開されてきたが、効果は限定的で、制度的措置の確立による企業の違法な汚染物質排出行為の抑制は実現されなかった。このため国は法的手段、経済的手段、技術的手段、その他の必要な行政手段を通じて当面の環境問題を解決しようとしている。これにより外資製造企業の生産コストが増加することは間違いない。

 中国では環境汚染がすさまじい速度で広がっている。07年に入ってから報道された全国規模の汚染事件だけでも、1000件以上に上る。たとえば無錫太湖の藍藻事件、あるいは東北地方の松花江の汚染問題、黄河の酸性水問題など、これらは全て全国的な影響を及ぼすものだ。もしこれに省規模、県規模の汚染事件まで含むとすれば、その数は数倍に上るだろう。

● なぜこのような環境問題が発生しているのか。

 一つ目は過度の開発。

 日本人の間でも有名な冬虫夏草を例にとってみよう。これは中国内陸部の青海省や甘粛省等の砂地で毎年7月末から8月頭に収穫されるものだが、人口栽培はできない。同草の値段は、10年前は1斤4000元だったが、現在では20万元。なんと50倍の値段に跳ね上がっている。なぜか。答えは簡単だ。無制限の採集により、数年前なら地表4-50センチでみつかったものが、現在では7-8メートル掘っても見つからないのだ。このような過度の開発により枯渇に面している資源はほかにもたくさんある。生態系がバランスを崩しているのだ。

 もう一つは、工業排水の直接排出問題である。現在では、かつてのような水銀等の重金属物の排出は減り、工業生産の過程で出た富栄養化水による汚染が増えている。問題は、この富栄養化した水が大面積に流失している点だ。たとえば、今年5月に青藻による大規模な水道水汚染事件が発生した無錫太湖の面積は琵琶湖の3倍。長江河口の川幅は平均20kmである。このような場所で大規模な汚染が発生すると、その処理は容易ではない。もともと太湖には「太湖三白」とよばれる有名な水産品があった。この三白とは白えび、白うなぎ、白魚を指す。かつて「三白」はヨーロッパ、特にフランス向けに大量に輸出されていた。しかし、現在輸出額はゼロである。また、あと1ヶ月ほどたつと日本人が大好きな上海蟹の季節になるが、これは食べないほうがよい。よく「陽澄湖の蟹」といわれるが、この陽澄湖は太湖の下流に位置する湖で、水汚染事件の影響を受けている可能性がある。

● 政府の対策と企業への影響

 これらの環境汚染に対して、現在中国政府が検討中の対策には以下のようなものがある(主に生産企業に影響を与えるもの)。

1. 製品の品質認証に生産環境評価を追加。

 生産企業は、従来製品品質法で規定された製品品質、生産基準、生産場所、標識等のほか、さらに生産環境の評価を受けなければならないことになった。つまり、「どんな場所で、どんな環境において生産したか」が問題にされるようになる。これは他の国では見られない現象ではあるが、中国では環境保護の観点よりそこまで徹底する必要がでてきている。

 たとえば、鉛筆を蘇州から買おうとする場合、買手は蘇州のサプライヤに原材料、生産基準、アフターサービス等についてたずねる。しかし普通のサプライヤは、どこで生産したかはもちろん、どのような環境で生産したか等を提出することはない。これを追求する、とは非常に不思議なことなのだが、中国はそれをしないわけにはいかなくなっている。

2. 中国四大水系(珠江-華南地区、長江―華東地区、黄河―華北地区、黒竜江―東北地方)流域における生産企業への投資の締め付け。

 現在人民大会では「四大水系の周囲2000m具体的には四大水系の流域から半径2km以内における生産性企業の投資を禁じるものだ。また、すでに投資済みの企業も5-8年と期限を区切って立ち退きを命じられる。これは法案・法律ではなく「計画」といった位置づけであるが、この「計画」は日本語であれば「国土開発計画案」に相当する。この計画案が確定したら、その下に関連するさまざまな法令や条例が制定されてくるわけだ。

 この計画に対して、四大水系範囲内の地方の人民大会は当然ながら大反対。逆にそれ以外の地方の人民大会は軒並み賛成の意を示している。しかし、万一これが採択されると、華東地区では広東省・シンセン。華東地区では無錫・蘇州・昆山といった地域の日系企業が影響を受けるのは必須だ。幸いにして本計画はまだ審議状態にある。しかし、実際に採択されるか否かはさておき、中国の環境汚染はそこまで徹底した規制を行わない限りどうしようもないところまで進んでいるというのが現実である。

3. 当局は環境経済政策を実施

 環境経済政策とは、市場経済の法則の求めるところに従い、価格、税収、財政、資金貸付、費用徴収、保険などの経済的手段を運用して、市場主体の行為をコントロールする政策手段をいう。

 この政策体系には、環境税、環境関連費用の徴収、グリーン(中国語では「緑色」。エコロジーの意味を持つ)資本市場、生態系保護に関する資金投下、汚染物質排出権取引、グリーン貿易、グリーン保険など7方面の内容が含まれている。

 まずは税金関係。これまでにも、税務部門は高汚染製品への環境汚染税徴収を提案しているが、今後は汚染物質排出税、一般環境税なども検討するという。国家税務総局、財政部も環境保護税の徴収について検討中だ。

 そして環境に関連する費用徴収。環境保護総局が汚染物質排出関連費用徴収政策の健全化、汚水処理費徴収水準の引き上げ、ゴミ処理の有料化などを内容とする汚染者に対する費用徴収政策の実施を提起している。

 また、環境保護の奨励としては環境にやさしい事業への貸付がある。環境保護総局はすでに中国人民銀行(中央銀行)、中国銀行業監督管理委員会および中国証券監督管理委員会と共同で、「グリーン貸付」あるいは「グリーン政策性貸付」を打ち出し、グリーン資本市場の構築を目指している。

● 補足情報

 京華時報が伝えたところによると、国家環境保護総局は企業の環境対策のため資金貸し付けや費用徴収、価格、保険の管理などを活用して環境汚染抑止を図る政策の導入を提案した。環境税や生態環境補償の政策、汚染問題に資金的に対処するための環境保険システムの導入などがあがっている。市場経済の手法をとった政策手段としているが、企業側には国家関与が強まることになる。同総局は今後、中央銀行の中国人民銀行や中国銀行業監督管理委員会に加え、中国保険業監督管理委員会や財政省にも協力を要請するという。

 中国政府は法制度で環境汚染の規制を強めてきたが、利益優先の企業による違法行為は後を絶たず、汚染物質の排出抑制を狙って経済効果からの企業活動管理を狙う。

 また、審議中の循環経済法草案では、レストラン用割りばしやホテルで利用される歯ブラシなどの使い捨て製品の製造販売を規制する考えだ。 ただ、汚染の現状は厳しいのが実情。全国人民代表大会で公表された統計では、中国全土の約半数の都市の市街地で地下水の汚染が深刻な状況に陥っていることが明らかになった。

 こうした状況下で温家宝首相は今年6月、江蘇省無錫市の太湖で、アオコの大量発生による水質汚染で飲み水にも悪影響が出た問題で自ら現地に出向いた。温首相は「中央政府を代表し、おわび申し上げる」と現地で異例の謝罪を表明した。

 日中外交筋は、「中国共産党が市民から支持を維持するため、環境問題の解決に本気になっている」と分析している。最大の懸案は、経済成長の弊害として人民の生活環境を悪化させる汚染問題が、政府や党への不満として蓄積されることにあるとの見方だ。さらに中国の環境汚染は、陸上で国境を接する国だけでなく日本など近隣諸国にも多大な影響を与える。

 他方で、中国は日本の戦後の公害問題や諸外国の環境問題への対処を研究しており、環境問題で他国と同じ失敗を繰り返さないとの楽観的な分析をする専門家もいる。経済成長と環境保全の両立を目指す中国政府にとって、実質的な効果をどこまで達成できるか。企業に対する新たな環境対応策の成否が問われる。

 <産経新聞2007年9月13日付ウェブ記事より一部引用>

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