【Wedge】コロナ在宅検査も、逆風に「便乗」するマレーシアの遠隔医療

 マレーシアは、コロナ禍を上手く乗り切っている49カ国ランキングの中に、なんと、台湾に次ぐ2位という好成績をたたき出している(ニッセイ基礎研究所調査)。拙稿『マレーシアの「本物ロックダウン」現場から見た日本』にも触れたように、マレーシアは過酷なロックダウンを実施し、ある程度の成功を収めた。ただ、同時に経済が大きなダメージを受けたのも事実。逆風の中、長期的視野をもって「経済を取り戻そう」としているマレーシアの実像に迫ってみたい。

● シンガポールは遠隔医療先進国である

 日本ではあまり話題になっていないが、マレーシアはコロナ禍を逆手に取って、遠隔医療分野の先駆けである隣国シンガポールを猛追しようとしている。

 まず、シンガポールをみてみよう。シンガポールは日本に負けないくらい医療環境がよく、医療レベルも高い医療先進国である。WHOが公表した医療制度世界ランキングでは、シンガポールが常に上位を占めてきた。特にコロナ禍の期間中に注目されているのは何といっても「遠隔医療」である。

 マレーシア現地の華字紙「南洋商報」(8月1日付)はこのような事例(シンガポール)を紹介した。

 「(2020年)2月のある日、28歳のシンガポール人ビジネスマン陳さんは風邪症状が出た。彼自身はあくまでも一般の風邪であり、薬をもらって休めば治ると判断した。コロナ感染の懸念もあって病院に出向くのを躊躇った彼は、『Doctor World』という遠隔診療プラットフォームを利用することにした。オンライン診察は10分程度で終わり、処方された薬は2時間後に自宅まで配達された。診察料と薬代、配送料を合わせて合計36シンガポールドル(約2800円)だった」

 「Doctor World」はあくまでも1つの選択肢に過ぎない。シンガポールでは、複数の遠隔医療事業者が運営しており、「南洋商報」の記事によれば、プラットフォームの「Doctor Anywhere」のユーザー数は、今年前半のコロナ期間中に倍増したという。

 シンガポールの隣国マレーシアの場合、その医療レベルもかなり高い。しかもシンガポールと比べて医療費が安価であるため、インドネシアの富裕層をはじめとする大勢の外国人が治療を受けにマレーシアを訪れている。インバウンド産業としてマレーシアのメディカル・ツーリズムが発達し、世界の上位を占めている。しかし、コロナ禍によって海外来訪者が一気に減り、病院の経営も厳しくなった。新たな打開策を講じようと、マレーシアはコロナ不況を逆手に取り遠隔医療に目をつけた。

 活動制限令(MCO、ロックダウン)が実施された後、多くの市民は自由に外出できなくなり、通院もウイルス感染の懸念から敬遠されたため、遠隔診療のニーズが高まった。マレーシア国内でも、オンライン相談やオンライン診察といったサービスの新規アカウント登録が急増し、遠隔診療の利用率が大幅にアップした。

● 「非接触型経済」、コロナ禍を逆手に取るマレーシア

 「非接触型経済」。――ロックダウンに突入したマレーシアでは、よく耳にする言葉である。デジタル医療の一環として、遠隔診療はネット通販やテレワークと並んで、「非接触型経済」の主流になりつつある。

 「Doctor2u」はマレーシア発の遠隔診療プラットフォームである。私の周りにも日常的に使っている人が多い。風邪などの日常的病気のオンライン相談・診察をはじめ、シンガポール同様の薬や医療用品のネット販売・配達も行われている。登録された2000人以上の医師リストから好きな医師を選べる「ドクター指名システム」が面白い。FaceTimeによるオンライン診察もできれば、都市部なら1時間以内にドクターが自宅に駆けつける往診も追加料金で利用可能である。

 「Doctor2U」をはじめ、複数業者による在宅コロナ検査も早い段階で始まった。誰でもお金さえ払えば自由に検査を受けられる。発熱で自宅待機する必要はない。診断結果はオンライン形式で知らされる。費用はデリバリー込みで、1人700リンギット(約1万8000円、ドライブスルーならその半額程度)、大家族や会社向けにはグループ割引もある。

 遠隔医療といえば、最大のメリットはやはり、時間や空間の制限を受けずに自宅にいながらできることだ。その分、患者側だけでなく、医療機関側のコスト削減にもなり、医療資源活用の最大化につながる。同時に院内感染を避けるにも有効だ。特にコロナ期間中にその優越性が際立った。

 医師側(特に開業医)にとってみれば、予約患者診察以外の空き時間の有効利用にもなり、収入増につながる。さらに、農村部や遠隔地など医療資源の相対的乏しい地域の格差解消にも役に立っている。

 通信技術やヘルスケアを専門とする研究機関グランドビュー・リサーチ(Grand View Research)が2020年4月に発表したレポートによると、世界の遠隔医療市場は15.1%の年平均成長率で換算し、2027年までに1551億ドルの規模に達するという。非常に有望な成長分野である。

 マレーシアはある程度の基盤が有しながらも、先進国であるシンガポールと比べて遠隔医療分野で立ち遅れていることを自覚し、キャッチアップの姿勢を見せている。

 マレーシアの遠隔医療は歴史が浅く、法整備も行政管理の体制も十分に整っているとはいえない。法的には、コモン・ローの下で法律によって禁止されていなければ、すなわち許可されるものだという法曹界の認識がある。そうしたなかで、試行錯誤を繰り返しながらも、一方的に既成事実が積み上げられてきた。マレーシア弁護士協会の発表によれば、これまでに、遠隔医療にかかわる医療紛争事件はまだ確認されていないという。

 とはいえ、法令の整備は欠かせない。政府はすでに、「オンライン医療保健サービス法(OHS)」の立法をはじめ、現行法条文の改正を含めてバーチャル診療所等新興衛生保健サービスをサポートする法令の整備に取り組んでいる。運用面では、適格患者はマレーシア国民の成人で、オンライン診察を受けるにあたって、同意書への署名も求められるなど様々な提案があり、検討が進んでいる。

● 試行錯誤を繰り返し、手探りで進め!

 マレーシアは数年前から医療業界の構造改革に取り組んできた。その一環として、遠隔医療もアジェンダに上がり、マレーシア医薬理事会(MMC)は音頭を取って「遠隔医療ガイドライン」の作成に取り掛かっていた。しかし、スピード感に欠け、進捗が遅かった。

 マレーシア・デジタルヘルス準備委員会(Digital Health Malaysia Pro-tem Committee)のウォン・チー・ピョウ(Wong Chee Piau)医師はメディア取材に応じ、「コロナ期間中に、多くの患者が止むを得ず遠隔診療を使った。これで常態化し、一種のニューノーマルになり得るかと聞かれたら、私はむしろこの変化がもっと早く段階に起きるべきだったといいたい」と語り、今回のコロナ対策における遠隔医療の応用事例を生かし、同国のデジタル医療の成長につなげていくことに期待を寄せた。

 法令政策面を含めて、一連の防疫措置を通して規制緩和に向けて、マレーシア政府はより柔軟な運用姿勢を見せはじめた。

 遠隔医療についてマレーシア保健省は元々それほど消極的ではなかった。全国に35か所のバーチャル・クリニックを設置する計画を持ち、2019年にも第一陣のテストケースとして5か所を立ち上げていた。今回のコロナ禍期間中に、保健省は政府各部門の横断的プロジェクト支援チームを立ち上げ、以下6大主題を掲げ、本格的な取り組みを始めた。

 ① 戦略とリスク評価~メディアとSNSにおける情報共有、ホットラインとコールセンターの設置。
 ② コミュニティの参画~感染経路の追跡アプリ、コミュニティ・モニタリング・アプリ、感染症情報リリースやセミナー、オンライン診察の予約、バーチャル・クリニック診察の本格化。
 ③ 運営効率のモニタリングと検証~データ採取システム、医療ニーズの即応手配システム、診察待ち管理システム、国家公共衛生実験システム、eアラート。
 ④ 洞察と予測~データ分析と可視化、マップ・パネル、病院・公共衛生分野と国家安全保障会議との感染症防御連携システムの構築。
 ⑤ インフラのアップグレード~情報システムの包括的連動、ネットのアップグレード、テレワーク支援技術、5G無線接続、基地局の増設。
 ⑥ 研究と臨床試験の拡充~ビッグデータ(数理モデル、疫学、薬の開発研究)、人工知能、ゲノム解析、3Dプリンター、新型コロナウイルスのオンライン学習等システムの強化。

 さらに保健省はAIの導入にも積極的だ。既存システムのバージョンアップとともに、新技術を導入したうえで、「バーチャル・ヘルス・アドバイザリー」という包括的システムを作り上げ、国民に無料開放すると計画している。基幹システムに加え、薬の宅配、コミュニティ(地域社会)における往診ネットワークなどの周辺サービスも盛り込む。

 新型コロナウイルスのパンデミック化後、保健省は「インターネット+医療」をコロナ戦略の一環として位置づけ、一連のデジタル・ソリューションを導入した。昨今、「ニューノーマル適応」という新しいフェーズに軸足を移し、向こう6か月にまずは政府病院と診療所において試験的に「バーチャル相談」を始めるという。

 オンライン相談・診察の対象は当座、心血管疾患や糖尿病、高血圧といった非感染症疾病に絞り込み、検証を行う。

 電子カルテシステムの取り組みも計画されている。現在マレーシアでは当該システムは本格的に機能していないため、これを改善し、複数の病院が同一患者のカルテを共有できるように治療・投薬情報の統合に取り組む。保険省は向こう3~5年の間に第一陣として全国145の病院と1700の診療所を対象に横断的電子カルテシステムを立ち上げ、従来の紙ベースのカルテに全面廃止し、国民一人ひとりに「終身ネットヘルス・パスポート」を発行し、マレーシア保健データベース(MyHDW)と同期させる。

 試行錯誤を繰り返せばいい、とにかくやってみることだ。手探りで進む、これがマレーシアの基本姿勢だ。シンガポールで取り組まれてきた「サンドボックス」(注)のマレーシア版はいよいよ始動する。

 日本国内では、コロナ感染の拡大に伴う患者の受診控えもあって、病院経営は厳しく、全国の3分の2の病院が赤字に転落している(2020年6月発表)。政府は経営が悪化したこれらの医療機関を支援するため、官民ファンドを活用した新たな枠組みを設けると、8月9日付けの日本経済新聞が報じた。

 当面の支援も大変重要だが、限られた原資を将来につなげる分野にも少し割り当てられないだろうか。ニューノーマルという長期的な視点をもち、シンガポールやマレーシアで取り組まれている「遠隔医療」事例が何らかの形で日本の参考になってほしい。

(注)サンドボックス(Sandbox)とは、外界と隔離されていたり、機能が制限されていたりして、ボックスの中で何が起きても、外部には影響が出ないようになっている試験専用のクローズド環境である。モデルの確立やイノベーションの取り組みにあたって、新たなチャレンジは、一定範囲内において国家法律の規範を受けずに、テスト的に行えることを指す。シンガポール保健省は、新たな医療サービスのモデルを一定の環境下で実証実験する「医療版レギュラトリー・サンドボックス」を実施している。

【補足資料】

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