コロナ禍で消費がどう変わるのか?

 商品は「記号」として消費されている。フランスの哲学者・思想家ジャン・ボードリヤールが『消費社会の神話と構造』のなかでこう指摘した。このたびのコロナ禍によって、その本質が浮き彫りにされた。基本的生活の消費を超えた記号的な消費は、その「不要不急性」あるいは「非必要緊急性」で規制対象にされたりした。

 ボードリヤールの理論を私流に拡張・延長してみたい。

 「消費」とは目的手段かといえば、手段であることが明白だ。では、何の目的のための消費かと追及すると、往々にしてわれわれは、「必要だから」と答える。さらに「何の必要か」と掘り下げてみると、やや乱暴なカテゴリー設定になるが、消費の目的(必要性)を3つに分類することができる――。

 第1類、生存のための消費(Basic)
 第2類、享楽のための消費(Better)
 第3類、記号のための消費(Symbol)

 この3種類の消費は、単独に成立するときもあれば、部分的に重なるときもある。たとえば、お酒。これは生存上の必需品ではなく、第1類から排除されていることは明らかだ。お酒は、嗜好品であり第2類に分類される。さらにドンペリのシャンパンを飲むと、記号的な部分が浮上し、第2類と第3類の重なる部分が出てくる。しかし、シャンパンの味音痴がドンペリを飲むと享楽よりも、単なる第3類の記号型消費になる。

 第3類の記号型消費とは、自分が所属する集団(身分相応)、または所属したい集団(身分不相応)のシンボルを示すための消費である。さらに細分すると、自己確認・対内的なもの(自分に言い聞かせ、自己確信させる)と他者表示・対外的なもの(他者に見せ、情報を伝達する)がある。

 コロナ期間中に、規制もあって、消費類別の構造が鮮明に見えてきた。マレーシアでは、エッセンシャル(Essential)という言葉を使っているが、大変的確である。

 現代社会は、消費社会といわれているだけに、経済は基本的に第2、第3類消費に依存している。長期間の規制による影響は、特に第三次産業の委縮を招来する。これに連動して消費活動も変異を引き起こすかもしれない。ボードリヤールは大量生産・大量消費の現代社会構造を批判的に捉えているが、ただ明確な代案を提示していない。コロナ禍が彼の代わりに何らかの提言をできるのか、注目したい。

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