インド。コロナ死者の遺体が山積みにされ、実際の死者数が公式発表よりもはるかに多いのではないかという懸念が広がっている。医療崩壊が目前。
インドには絶対にならない。マレーシア政府は、5月中旬のハリラヤにもCMCO(準ロックダウン)体制を緩めず、州越えの移動を引き続き厳禁する方針を早々と決定した。
一方、日本では、ゴールデンウィークに始まる緊急事態宣言、特に「禁酒令」や「灯火管制」と揶揄される一連の規制には、「今は戦時中か?」と民衆が批判のトーンを高め、SNSなどで炎上させている。
いまだに「コロナはただの風邪」論が根強い。インドの危機をみてそれでも「ただの風邪」といえるのか。経済開放せよとでもいいたいのか。結局、政治責任の問題は消えない。
民主主義のもとで、民は権利や個益しか考えない。誰がどう責任を取るのか、無関心だ。言いたい放題言って、問題があったら責任を政治家や行政になすりつける。その反面、為政者も責任者も「想定外」や「未曾有」で逃げる。どっちも無責任だ。
「今は戦時中か?」。良い質問だ。答えは、「YES!」。平和ボケの日本人は、「有事」と「平時」の見分けがつかないから、都知事の決定を、私は支持する。
禁酒令も、灯火管制も、きわめて妥当な意思決定だ。日本人には、「盛り下げ」の冷水が必要だ。今は有事、戦時であることを悟らせる必要があるのだ。もし、悟れないなら、もっともっと悲惨な結果、地獄を見るかもしれない。神は手を緩めない。民の覚醒まで、決して手を緩めない。
法改正が必要だ。大阪府の吉村知事は4月23日、「社会不安、社会危機を解消するため、個人の自由を大きく制限することがあると、国会の場で決定していくことが重要だ」と述べた。
正論だ。強制力と罰則付きの強力な措置が必要。垂れ流しの自粛要請や「お願い」では無理であることがすでに証明済み。個人の自由制限。1年前から言ってきたこと。ようやくその「空気」ができつつある。