私は愚かだった、執筆と出版における猛省

 本を1冊書き終えて、来月にも刊行される。1年近くの執筆と編集校正過程を総括し、振り返ってみると、たくさんの反省があった。

 私はジャーナリストでも評論家でも政治家でもなく、経営コンサルタントだ。本を書くとなっても、コンサルの習慣が出てしまう。自分の思考と相手(クライアント)の思考誘導という文脈を辿ることだ。それは次の4ステップだ――。

 ① What (何が問題・課題か?)
   ↓
 ② Why (なぜ、そうなったか?)
   ↓
 ③ Why Not Yet (なぜ、改めることができていないのか?)
   ↓
 ④ How (どうすればいいのか?)

 私の場合は基本的に、クライアント(相手)自らの思考の道筋(①→②→③→④)が論理的に形成されるようコーチングするスタイルを取ってきた。それはクライアントは自分で考え結論を導き出したと体感(実感)し、納得感がもっとも高く、また提案の実施効果ももっとも理想的だからだ。

 言ってみれば、答えを出さずに、相手に出してもらうアプローチである。

 もう1つ重要な理由がある。コンサルタントが最初から答えを出しても、その答えは必ずしも最適解とは限らない。逆に枠組みを固定させてしまう恐れがあるからだ。むしろクライアントと切磋琢磨しているうちに、今までイメージしなかった風景が見えてきたりすることも多々ある。コンサルタント自身も気付きやヒントを得ながら、クライアントと一緒に成長・進化していくと、このような背景があった。

 すると、本を書いていると、同じような本能が私のなかに働くのである。①(What)と②(Why)は力を入れて書き、その先はどんどん細っていくのだ。せいぜい③(Why Not Yet)止まりになり、その先へはなかなか進まない。進めてはいけないというブレーキがかかるのだ。読者はそれぞれ異なるから、④のHowはむしろ各自が道を見つけていくものだと。

 しかし、背景の違いに私は気づかなかった。クライアントとの共同作業(いわゆる「伴走」)は、案件受注がある限り、ずっと最後まで行きつけるが、本の読者は違う。前者は継続的・動態的な展開であるのに対して、後者はスポット的・静態的な接点にすぎない。そもそも同じようなアプローチにはなり得ない。

 さらにいうと、コンサルタントと共同作業に従事するのは、クライアント企業中の頭脳やエリート層である一方、読者は専門書でもないかぎり、ピンキリだ。すると、最大公約数的なコンテンツが最適解となる。

 出版ビジネスとはまず、部数を売らないと、成り立たない。ましてや、ただでさえ、本が売れない厳しい時代というのに。私自身が常にコンサル現場で繰り返し掲げてきた原理原則、「良い商品が売れるのではなく、売れるのが良い商品だ」。これを、自分が失念してしまったことを、誠に恥ずかしく思う。反省に反省を重ねたい。

 出版社の編集長から、営業側の意見として「教養よりも、ビジネス書のハウツー的な色合い」を求めてきたとき、私はいささか逆ギレ気味で、自分の立場に固執した。まったくの間違いだった。改めて反省し、出版社の方々に深くお詫びしたい。

 厳しいサバイバルの時代である。大方の読者は戸惑い、不安に満ちている。そこで自然に、出口をすぐにでも示してほしいという本能が働く。理路整然たる思考を論理的に展開し、自ら結論を導き出すことは、一人ひとり全員にできるはずがない。この現実を見落としてしまう私の愚かさは、甚だしい。

 サバンナに不時着した機体故障の飛行機。その乗客がいかにサバイバルするか、という課題をビジネススクールでさんざんやらされた。その際はまず、猛獣や極寒極暑という気温差から身を守る知識(応急措置となるハウツー)が必要であって、少し落ち着いたら、脱出するためにロードマップをどう組み立てるか、論理的な思考回路のフェーズに入るわけだ。

 どっちも必要だ。私は、そうした包括的な目線が欠落していた。こうした考えを反映していれば、今回の本はもう少しアプローチを変更・改善する余地があったのかもしれない。いや、そのアプローチの調整に骨が折れるほど編集長が時間と労力を費やしてくれたのだった。本当の「読者思い」だった。申し訳ない、そして感謝の気持ちでいっぱいだ。

 次回作は、この教訓を汲み上げ、それこそ「Why Not Yet」からしっかりと「How」を導き出したい。

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