<雑論>原油と人民元 / ロシアは負けない / 人権 / 日本人老後の3本の道 / 無知と知と神様

● 原油と人民元

 「原油は、ドル建てで売れ!」――米国は、人民元建てで原油の取引をしないようサウジアラビアに圧力をかけている(8月11日付Geopolitical Economy Report)。原油取引がドル建てでなければならないという国際的な取り決めは存在しない。しかし、原油といえば「ペトロダラー」、という「常識」がある。

 サウジ王室とドルの通貨覇権との関係が深い。さかのぼって、ニクソン政権は1974年10月に「サウジ王家の保護を約束する見返りに原油輸出を全てドル建てで行う」ことに合意。3年前の71年に米国はドルと金の交換を停止し、その後のドル為替相場の下落を食い止めるべく、金の代わりに原油を使った。これがペトロダラーの始まりである。

 「ペトロ人民元」が出現すれば、金本位から原油本位へと凌いできたドルは次、何本位にするのか?

● ロシアは負けない

 「何があってもロシアは負けない。大国で基礎体力がある」。日本維新の会の鈴木宗男参院議員は8月10日のBSフジ番組でこう語った。欧米諸国の対露経済制裁についても「ロシアは困っていない。冷静に見るべきだ」と強調。

 「何があってもロシアは負けない」。その通りだ。ロシアや中国にとって、「Lose or Die」。米国のように、戦争に負けてものうのうと生き延びられるわけではない。独裁者の強みは、「背水の陣」を敷ける(敷くしかない)ところにある。彼らは、勝つまで、または、死ぬまで、戦い続ける。

 米政府は8月10日、ウクライナへの支援に240億ドル規模の追加予算を連邦議会に要請すると発表した。しかし、追加支援に後ろ向きな世論が広がるなか、共和で慎重論に拍車がかかる公算が大きい。米国は、持ち出しもそろそろ限界ではないか。経済制裁は、1000項目近く1年半以上継続したにもかかわらず、ロシアは倒れていない。戦う相手が中国となると、話にならないだろう。

 戦場では、ウクライナの反転攻勢が成功していない。ウクライナの兵士は、100メートル前進するために、何人、何十人が死ぬのか?そして、その何人、何十人の命と引き換えにロシア軍は100メートル後退する。これがウクライナ戦場の「取引」である。

 戦争には経済学・経営学が必要。たとえば、ウクライナは、1平方キロ当たりの土地を奪還するために、どれだけ兵士が犠牲になってもいいか、兵士の最大戦死率(損益分岐点)の試算が必要だ。

 今のいわゆる反転攻勢をみると、ウクライナ兵士が全員戦死しても、ロシア占領地の数分の一を取り返せるかどうかの状況だ。そうすると、兵員枯渇の進行とともに、一方ロシアが徐々に攻勢を強めれば、結局せっかく奪還した土地ももう一度敵の手に落ちてしまう。最終的に、ロシアはより広い国土ないしウクライナ全土を占領することも可能になる。だから、国土防衛優先か人命優先か、という「科学的検証」が必要だ。

● 人権

 人権を守る。その進歩(バージョンアップ)の証として、往々にして身分的平等が挙げられる。しかし、最も基本的な身体や財産の安全という人権は疎かにされ、脅かされ、侵害される。暴力や掠奪、社会治安が悪化する一方のアメリカはその典型だ。シンガポールはその反対側に立つ。自分は古い人間で最先端など苦手である。

● 日本人老後の3本の道

 私が日本国内の親戚にこう助言する――。将来(老後)の生活を支えるには3本の道がある。

1. 公的年金=制御不能
 日本の年金減額、年金破綻はもはや避けられない。インフレが進めば、それだけでも実質的減額になる。年金は絶対に頼れない。自分からはコントロールできない部分だ。

2. 資産=一部制御可能
 日本の財政破綻、ハイパーインフレ、円の紙クズ化がいつ起きてもおかしくない。資産の分散(海外を含む)、リスク管理が欠かせない。やり方次第ではコントロールできる部分だ。

3. 個人的収入=制御可能
 これは唯一自分でコントロールできる部分である。個人事業主は絶対にやめるべきではない。ご時世に合わせた時価的収入を、細々でも、得続けることは、キャッシュフローの維持になり、堅実な生活基盤となる。さらにその事業モデルを不労所得化すれば、安心だ。

 上記2と3を組み合わせ、さらにオプションとして、戦争や自然災害のリスクに備え、海外にセカンドホームを用意しておけば、老後の心配はほぼ不要。制御不能な部分に「大丈夫だろう」と期待するのではなく、制御可能な部分に確実に取り組む。これによって本当の安全と安心を手に入れる。

 だから、勉強と行動!

● 無知と知と神様

 神様を除く全人類は無知、愚昧である。無知の人類は二分する――。「無知の知を持たない」人と「無知の知を持つ」人。これは人間の区別だ。本当に神様に出会った人間だけ、神様からかけがえの無いプレゼントを授かる。それは「無知の知」という最上の知だ。

 補足だが、神様とは、信仰のこと、「自分以外のもう1人の自分」のことを言っている。決して宗教ではない。宗教信者は必ずしも信仰者ではないし、信仰者も必ずしも宗教信者ではない。

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