
● ウクライナの倒錯
ウクライナのロジックはこうだ:
① ウクライナはロシアに侵攻されるかもしれない
② だから、ウクライナがNATOに加盟したい
③ ウクライナがNATOに加盟するから、ロシアがウクライナを先制攻撃する
④ 結果、ウクライナ国家が半壊状態に至った
これは 目的(安全確保)と手段(NATO加盟) が完全に逆転した典型的な倒錯。しかし、ウクライナにも一定の合理性はあった。「隣に核大国のロシアがいる」という地政的宿命だからだ。
● 日本の倒錯
日本のロジックはもっと複雑で、論理構造としてはウクライナより破綻している。日本のロジック:
① 台湾が中国に侵攻されたら、日本も侵攻されるかもしれない
② だから日本は台湾を守る
③ 日本が台湾を守ると言うから、中国は日本を先に叩くかもしれない
④ 結果、日本が台湾より先に攻撃される可能性すら生まれる
これは、次の点でウクライナよりも深刻だ。日本の「六重の倒錯」は以下の通りだ――。
(1) 危険の前倒し(第一次倒錯)
ウクライナはロシアに実際に国境を接している。日本は台湾とは海を隔てている。にもかかわらず、「自分から進んで戦争に近づく」発想 を取っている。
(2) 他国防衛の優先(第二次倒錯)
ウクライナは自己防衛のためだが、日本は他国防衛を先行する。台湾を守る → 正義。これが目的化してしまい、本来の目的であるはずの「日本の安全」が後ろに追いやられている。これは完全な手段目的逆転である。
(3) 法的前提の無視(第三次倒錯)
日本自身が、台湾は中国の一部(共同声明)、台湾は国家ではない(国連扱い)と国際的に確認しているにもかかわらず、「台湾を守る」 と言い出す。国際法上の地位と国家戦略が食い違っている。
(4) 民族距離の違い(第四次倒錯)
ウクライナとロシア、台湾と中国は同一民族圏にあり、衝突後でも和解可能性が残る。しかし日本と中国は完全な異民族で、紛争が起きれば文明衝突となり、収拾がきかなくなる。
(5) 歴史的位置の違い(第五次倒錯)
ウクライナはロシアへの加害歴史を持たないが、日本は中国へ侵略した加害者であり、歴史清算が完全ではない。そのため日本が台湾に介入すれば、国際世論では「第二次侵略」として不利な立場に置かれ、第二次敗戦した場合、日本民族は今後の数世紀は再起不能だ。
(6) 中国の反応原理を理解していない(第六次倒錯)
中国は 脅威の源を最初に叩く という戦略思考を持つ国。
倒錯度比較では、ウクライナ:日本=1:6
● 敗戦シナリオ
戦争危機に直面した場合、まずは敗戦シナリオでリスク管理。太平洋戦争では、日本がこれを無視した。問題は、台湾問題で第二次日中戦争が勃発し、日本が第二次敗戦を喫した場合の影響の大きさである。
日本は前回(1945年)の敗戦だけでも、80年間の政治・外交・制度を縛られてきた。しかし当時の相手であるアメリカには、日本を「文明圏の一部」として再建するインセンティブがあった。だから日本は生き残れた。
だが今回は相手が中国である。異民族・異制度・歴史的怨恨という三重の断層が存在し、中国には日本を再建する動機などどこにもない。むしろ「二度と牙を持たせるな」という国際世論を形成するほうが合理的だ。
さらに、中国は歴史カードを自由に使える。台湾に日本が軍事介入すれば、中国は「加害国日本が再び侵略に来た」という物語を国際社会に示しやすい。台湾問題が「内政」である以上、日本の介入は国際法上も微妙だ。そのうえ敗れれば、中国軍の日本進駐は「自衛的占領措置」として正当化すら可能になる。アジア・アフリカ・中南米の多くは、日本より中国を支持する。国際環境は完全に不利だ。
要するに、日本が台湾防衛を名目に中国との戦争へ踏み込み、そこで敗れれば、それは単なる敗北ではなく、文明衝突型敗戦であり、国家回復にはおそらく2~3世紀を要する。これは大げさではない。
歴史とは、国家の墜落に対して容赦なく長い時間を要求する。二度目の敗戦は、一度目の比では済まない。それは「日本という歴史的主体が消える」リスクを意味するからだ。
さらに、皮肉が待っている。
日本が台湾問題で中国に敗れれば、台湾の対日感情は即座に反転する。台湾の日本贔屓は本質的に地政学的必要性の産物であり、日本が敗戦国となった瞬間、その必要性は消える。
台湾人の民族意識は広く中華民族に根ざし、日本とは異民族である。勝者側に同調するのは自然であり、「我々は中華民族、日本はかつての植民者であり今回も敗者」という歴史物語が形成される。結果として、台湾は中国側の下位に置かれ、日本はさらに台湾の下位に置かれる。
かつて日本人が守ろうとした台湾の人の上から目線を浴びてどう感じるのだろうか。
● 戦勝シナリオ~日本は「勝っても負けても敗者」
日本が台湾問題を理由に中国と衝突するシナリオには、二つの極端な結末がある。第一は敗戦、第二は奇跡的勝利。しかし皮肉なことに、このどちらを選んでも日本は救われない。ここでは、ほとんど語られない「日本が中国に勝ってしまった場合」の未来を、冷静に描いてみたい。
日本が中国と戦って「勝つ」というシナリオは、日本が勝つのではなく、米国が勝つだけである。自衛隊がどれほど犠牲になろうと、戦後秩序を握るのはアメリカだ。北京には必ず「親米政権」が樹立される。14億人の市場と巨大な産業基地をアメリカが手に入れる歴史的チャンスだ。日本の貢献は「使い終えた軍事カード」にすぎない。
米中が戦後再建で手を組めばどうなるか。アメリカにとって日本の地政学的価値はゼロになる。中国本土を管理下に置いたアメリカは、日本列島を「防波堤」として利用する必要がなくなる。日米同盟は形骸化し、最悪の場合、日本は切り捨てられる。アメリカは価値の尽きた同盟国を容赦なく手放す国だ。南ベトナムやクルド人の例を見ればよい。
一方、親米中国政権は、必ず対日要求を強める。歴史清算の再要求、賠償、技術移転、産業従属——。なぜなら、新中国政府は「戦勝国としての地位」を確立するため、日本を道徳的に下位に置く必要があるからだ。日本は勝利国ではなく、「勝者に利用されて戦争を遂行した消耗国」の位置に落ちる。
新中国では、14億人を安定させるには民心が必要で、その最も有効な手段は「日本への歴史的復讐を許すこと」である。つまり、米国は日本を差し出すことで中国世論を味方に付ける。結果、日本が負ければ中国の子分、勝っても新中国の下に置かれ、さらにアメリカの「孫分」として管理される。どちらに転んでも、日本だけが使い捨てになる構造だ。
つまり、日本が勝った瞬間、日本の安全保障上の役割は消え、アジアの序列は「米—新中—日」に再編される。日本の地政学的価値は消滅し、政治的・経済的従属はむしろ深まる。
結論は残酷だ。日本はこの戦争で、負ければ滅び、勝てば捨てられる。 ここにあるのは、勝敗を問わず日本が最終的敗者になる、構造的な罠である。





