生産性にメス、無慈悲にも管理会計は不可欠

 某日系企業の現地経営幹部向けの財務研修。

 私は基本的に人事労務、経営戦略畑だが、「管理会計」だけは多くかかわっている。BSやPL、キャッシュフローなど財務諸表をはじめとする財務会計は、今時ネットを検索すれば、それでもかという内容が載っている。それなりに独学できるだろうから、わざわざ研修費を出して講師を招く必要もないだろう。

 経営幹部にとって、財務会計よりも管理会計のほうがはるかに重要だ。いわゆる経営者目線をもつために欠けてはならない基礎である。経営者としては、コスト、コスト、コスト、とにかくコスト意識を持たないとダメなのだ。目に見えるコスト、目に見えないコスト、1つ1つ露出させて(可視化)、そして1つ1つコストの潰し方を考え出し、利益を少しでも多く積み上げていくのだ。

 私の研修は、まず私の研修を受けるためにかかっているコストの計算から切り出す。受講者全員が受講中に職場離脱したところの機会損失もしっかり折り込んで計算してもらう。この研修を受けてどのくらいの利益を出せるか、これもしっかり計算してもらう。元を取れない無駄な研修は受けない方がいい。顧客企業の貴重な金を無駄にするような研修を、私はやらない。

 私がコンサルを担当している日系企業では、財務部マネージャーの考課基準は、こうなのだ――。財務会計が正確にできたところで60点ぎりぎりの合格点、そんなのでは給料が上がらない。そのうえ、管理会計の出来具合で点数を少しずつ積み上げていき、会社のために利益最大化できる経営戦略に中核的な寄与ができると、だいぶ評価されるようになる。

 財務諸表の処理はいずれ人工知能に取って代わられ、大きな付加価値は出せない。管理会計でも一部人工知能にもっていかれるかもしれないから、やはり特化していく必要がある。

 ある業務にかかる最小限の工数とはどのくらいか。時給100の従業員でできる業務を、120の従業員がやっていたら無駄だ。生産性の極限に挑む。特にホワイトカラーの生産性に無慈悲にメスを入れる。すべてのコストセンターの生産性には、さらに無慈悲にメスを入れる。1人も逃がさない。

 ポストは属人的ではない。ポストにより高い生産性を出せる人が適任者だ。それは性別や年次、等級に関係ない。人事制度と連結してやるわけだから、私の本領を発揮する。賃金も従来の固定費から徐々に構造改革を施し、賃金の一部が変動費に変わっていく。それが管理会計なのだ。

 ただそういうドラスティックなやり方は、すべての日系企業が馴染めるものではない。それは分かっている。納得してくれる少数の企業からやっていけばよい。今後数年、日本企業は生産性という鬼門から逃げることができない。

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