ブミプトラ政策の是非、マレーシア移住で考える差別問題

 「ブミプトラ・ディスカウント」。――マレーシアで家を購入する際に、価格表を見て、私は初めて気づいたのは、マレー人向けの法定ディスカウントである。要は同じ不動産物件でも、華人や外国人よりもマレー人は安く買えるのである。

 「ブミプトラ政策」は、マレーシアの国家経済政策である。「ブミプトラ」bumiputeraとは、「土地の子」、丸く言えば「地元民」を意味する言葉である。マレー半島という土地にもともと住んでいたマレー人のことである。そこに中国人(華人・華僑)が移住してきて、ついに、大きな経済力を握るようになる。これは、マレー人にとって不公平ではないかと、政府が意図的にマレー人に様々な経済的優遇措置(企業設立や租税の軽減、公務員採用の優遇など)を付与する。一方、これに対して華人の反発が強い。また、雇用機会平等を唱える英米等諸国などの批判対象にもなっている。

 アメリカを例にとって見れば、同じ移民国家で各人種民族間の平等を原理原則として、法的にも義務付けている。それは、マレーシアのブミプトラ政策を批判する源泉だと思うが、ただ看過できないのは、宗教と価値観である。アメリカ国民の恐らく9割以上がキリスト教であって、建国以来米国の価値観としてほぼ全国民に共有されているといっても過言ではない。それに対し、マレーシアでは宗教上の融合はなく、マレー人と華人がうまく住み分けしてきたような状況だ。同じ移民国家といえども、根本的な異質性に着目されたい。

 マレー人は華人に比べて働かないので、貧困だとよく言われるが、私は違うと思う。ざっと見て平均的に、そういう部分があるかもしれないが、マレー人の中でも少数優秀な人がいる。逆にその少数のエリートマレー人が出世し、政治やビジネス界の頂点に登り詰めると、果たして彼・彼女ら自身の能力や努力によるものか、それともブミプトラ政策の恩恵なのか、華人やインド系等他民族国民の反発を受けるだけでなく、自力で出世したマレー人にとっても濡れ衣を着せる不公平である。

 基本的に価値観の問題が大きい。華人の場合、勤勉やビジネスの成功をマジョリティの価値観としているが、マレー人の場合、それが逆にマイノリティになってしまう。マレー人のマジョリティとは、「ゆっくりと、セカセカせず人生を楽しむ」だ。どっちが正しいどっちが間違いということはない。そこで、政策は画一的なものである以上、必然的にこのような結果を生み出すのである。それがゆえに、利益集団間の「不公平論」は後を絶たない。

 さらにいうと、マレー人を守る「ブミプトラ政策」は、ある意味でマレー人の弱さを前提としている(弱者保護、弱者救済)だけに、マレー人に対しても甚だしい差別ではないかと、こういう観点もできるだろう。

 ブミプトラ政策を推進し、マレー人の優位性の確立に成功した、前首相マハティール氏は近年の著書で、「マレー人には勤勉さが足りない」とまで発言している。明らかに、マハティール氏自身は、「勤勉」を善とし、華人的なマジョリティ価値観を持つマイノリティマレー人ではないかと、私が思うのである。