GiveとTakeの正比例関係、華僑コミュニティーのルール

 良いタイミングに、「華僑はどうだろう」という質問があった。ちょうど昨日のフェイスブックでその話をしていたので、少し「華僑会」の話をしよう。

 先日、某華僑系マレーシア人A氏と話をしたら、最近「華僑会」(華商総会)ネットワークでこんな案件をやっているそうだ。

 南アジア某X国のインフラ建設の政府入札情報を、X国の華僑B氏が持ってくる。そのB氏はX国政府へのロビー活動・売り込み役も兼ねているようだ。華僑会は案件のコーディネートをし、A氏のほうは高速道路建設の設備部分と公務員住宅団地造成の投資部分を割り当てられる。そこでA氏が私にも話を持ってくる(私のことも華僑と思ってくれている)。某東アジアY国やZ国で、設備製造やデベロッパー関連資源の手配はできないかと私が打診される・・・。

 このように、華僑ネットワークを通じて最終的に、全体的パッケージを組んでX国にプレゼンして落札を目指す・・・。インフラプロジェクトの金額は想像もつかないほど大きい。0.5パーセントの利益だけでも莫大である。基本的に日本なら総合商社あたりの仕事とコーディネーションを華僑が牛耳っているわけだ。
 
 華僑会自体は、「Give & Take」で会員間の相互協力というが、実質的に「Give」ができない人は存在価値がどんどん落ち、疎外されてしまう。もちろん、「Give」の実績を積み上げないと、会の幹部にもなれない。「Give」を多くすればするほど「Take」のチャンスも増える。「Give」とは非常に多義的なものである。そういう意味で華僑会や華僑組織の上層部というのは、会員活動やイベントの事務局的な機能とはまったく異次元の存在といえよう。

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コメント: GiveとTakeの正比例関係、華僑コミュニティーのルール

  1. 立花さんがおっしゃるような華僑会の機能というのは、日本の総合商社のような機能に近いですね。

    総合商社というのは日本以外の国ではあまり見当たらないそうです。チームプレーで結果を出す日本ならではのビジネス方式なのかもしれません。

    華僑の場合は、強者連合といった形で総合商社とは違った形態のようですが、機能的には似ているところがありますね。

    和僑はというと、どうなんでしょう?そもそも、海外に出て強者連合を組まなければならない動機が日本人にはないように思います。中国のような政治が不安定な国と違いますからね。ユダヤ人などは、国がなかった時代があったから、各々の国で政治的な影響力をもつ動機付けがあった点で華僑と似たような動きがあるのだろうと思います。

    華僑的な和僑というのは、そもそも必要性がないことから成立しない気がしますがいかがでしょうか。

    1. 相馬さん、ご指摘の通りです。ユダヤ人と華僑の類似性も面白いですね。今度勉強してみます。和僑に関しては別の特性があってもいいと思います。ただそもそもいまの「和僑」の定義自体が定かではないので、そのへんまずはっきりしないといけません。

      1. 今は亡きマクドナルドの藤田田さんが、ユダヤ商法の信奉者で、全盛期の頃、たくさんのユダヤ人関連の本をお出しになっていました。その中で、世界で一番優秀な商人は、ユダヤ人、二番目が中国人、三番目がインド人だとお書きになっていた記憶があります(順番に記憶違いがあるかも?)。

        ただ、企業グループとしては日本人が彼らよりも優秀だともお書きになっておられたとも思います。当時の時代背景もあってのことでしょうが、いろいろな見方があって面白いですね。

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