武士の情けと魂、生殺与奪の権力こそが流血回避の担保

 「武士の情けで聞け!」安保法案の最終審議で反対討論に立った民主党の福山哲郎幹事長代理が、「(演説)時間を守れ」というヤジに壇上からこう叫んだ。

 武士文化がまだ存在していたのか。「武士の情け」といえば、「武士の魂」である刀を抜きにしては語れない。魂があっての情けだからである。刀がなければ、自身すら守ることができなければ、武士が持つべき仁、惻隠の心も空虚なものとなろう。

 「武士の情け」について、新渡戸稲造がその名著「武士道」でこう述べた。「武士の仁愛は、盲目的な衝動ではなく、正義に対して適当なる顧慮を払える愛であり、また単に或いは心の状態としてのみではなく、生殺与奪の権力を背後に有する愛だからである」(岩波文庫版「武士道」55頁)

 愛や平和、正義は叫ぶだけのものではない。刀があってこそが正義実現の担保だ。刀をもつことによって、生殺与奪の権力を決して乱用はしない。「武士道は刀の正当なる使用を大いに重んじたるごとく、その乱用を非としかつ憎んだ」(上記同書124頁)。現代においては、武力の使用に対して、理念のみならず法的規制を幾重も加えた法制度を見れば、「戦争法」や「戦争への暴走」といったレッテル張りがいかに卑怯であるかということが分かる。

 「『血を流さずして勝つをもって最上の勝利とす』。その他にも同趣旨の諺があるが、これらはいずれも武士道の窮極の理想は結局平和であったことを示している」(上記同書125頁)

 「武士の情け」を持ち出した民主党の方、武士道の勉強もしっかりされていることだろうから、安保法反対討論の時間超過演説で、その辺少しでも触れたらもうちょっと建設的なものになったのではないか。

 丸裸になって、生殺与奪の権利を他人に手渡すことは、責任ある真の愛と平和といえるのだろうか。回答はあまりにも明確である。

タグ:

コメント: 武士の情けと魂、生殺与奪の権力こそが流血回避の担保

  1. 初めまして、私は初めて中国に来てから10年、在住し始めてから5年になる日系では無くて中国の建築会社に勤めている者です。
    私自身安保法案に関しては賛成なのですが、これが中国に在住しているが故の偏った考え方では無いのかと少々危惧する時が有ります。
    この点について自身のブログで呼びかけて数名の書き込みをもらったのですが、私を含めて中国に関係のある人4人は全員賛成、日本在住の1人は法案そのものに反対、1人は法案には消極的賛成だけれども違憲なので反対といった結果でした。
    私の危惧は我々中国を肌で感じている者は、中国を目の当たりにするが故に却って視野が狭くなり、見方に偏りが生じているのではないかという事です。
    その様な考えが頭をよぎる事は有りませんか。

    1.  少々逆説的な考え方を私は持っています。安保法の成立で、日中関係が逆に安定し、中国で仕事をされる日本企業や日本人にも大変有利ではないかと思います。機会があれば、その辺の話も書かせてもらいます。PS.補足、貴ブログを拝見すると、「今までの論調は日本の軍国主義の復活というものだったが、今回は方案の慎重かつ正しい運営を希望するというものだった」というご指摘もまさにその通りです。中国当局の姿勢の変換は訪米も一因でしょうが、もう少し深いところに何かがあったのだと思います。

      1. お忙しいところ返信ありがとうございました。
        これを機会に中国が再度バランスを取り直してくれるのを祈るばかりです。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です。