上海日本人社会から出稼ぎ娼婦まで、生々しい「和僑」の激写

 友人に薦められて、「和僑」(安田峰俊著)を読んでみた。全体的に面白かった。観点はすべて賛同できるわけではないが、まっすぐものをいう姿勢には好感が持てる。安田さんと一回酒でも飲みたくなった。

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 まず、上海の日本人社会の描写(取材内容も含まれている)。

 「上海の日本人社会は日本国内以上の格差社会だ。国内での社会的な階層(ヒエラルキー)がもっと露骨に現れており、残酷だ」と、ストレートな本質の洞察だ。

 その階級とは、上からいくと、「大企業駐在員、成功している個人事業主、中小企業の駐在員・管理職や専門職の現地採用者、留学生。一番下の階級にいるのは中国語ができない、専門技術もない現地ヒラ採用者や現地企業による現地採用者。とりあえず海外に飛び出してブラブラしている職業不定者→貧民系や流れ者系、日本人社会の底辺を構成している」というふうに描かれている。

 さらに、「もっとも悲惨なのは、日本語フリーペーパーなど在中日本人向けのビジネスを営む現地企業の営業職、無資格の日本語教師、コールセンターの日本語担当スタッフなど、日本語能力オンリーの職」。おっとっと、生々しい。「悲惨」というのは外部から見ての一般的な世間基準であって、肝心なのは本人たちがどのような思いをもっているかだ。

 最後に、「日本でワーキングプアやフリーターだった人は、上海に来てもやはりワーキングプアである。日本国内で使い物にならない人たちが、海外に出ても成功できるわけはない」という総括だが、確かにそういう人がいることは事実だ。もう一つの側面、「ワーキングプア」の捉え方もあるだろうが、少なくとも生活保護で食いつなぐよりポジティブな生き方ではないかと。

 二つ目、この本を読み終えると、「和僑」の定義がますます混乱してきた。そもそも、造語なので公認定義がないのも当然だが、この本の中に取り上げられたのは、駐在員から経営者、やくざ、娼婦まで、海外にいる日本人を一括りにしているようにも見える。ただ「華僑」という定義をベースに考えるなら、今のブラジルやペルーあたりの日系移民がもっともイメージが近いのかもしれない。

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