サパの旅(8)~ラオカイ国境見学、中越両国の昨日今日と明日

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 正午過ぎ、バックハ(Bac Ha)に戻り、簡単な昼食。その後は、長閑なテイ(Tay)族の村を訪問し、チャイ川(Chay River)のボートクルーズを楽しんで、折り返しラオカイの街へ向かい、帰途につく。

 16時前、ラオカイの街に到着。「せっかくだから、是非中国との国境を見てもらいたい」とガイドが提案。もちろん、オーケー。一度見てみたかった。川を挟んで中国側の河口を望むと、ベトナム側よりはるかに商業施設や高層ビルが多いことが分かる。商業活動の活発さで両国の経済格差が一目瞭然。

 歴史的にこのラオカイは中国の対越勢力拡張のいわゆる「侵攻路」になっていた。中越戦争が勃発した直後、1979年2月19日午後14時、ラオカイは陥落し、中国軍に占領された。しかし、その後中国軍が多大な損害を受け電撃撤退したことによって、占領はわずか半月ほどで終わった。

 とはいっても、ベトナム人には忘れ難い苦渋の歴史の瞬間だったことには変わりない。そして、今日一見平和な国境地帯でも断然たる経済格差を見せつけられ、歴史の一コマ一コマは決して途切れることなく続いているのだ。

 しかし、流れは変わりつつある。米中貿易戦争の拡大化と長期化に伴い、サプライチェーンの再編は避けて通れない道となる。多くの生産拠点が中国からベトナムへと移転し、産業集積の形成が中長期的繁栄へのコミットメントでもあり、ベトナムは千載一遇の好機に恵まれようとしている。

 追い風が吹く。そんな歴史の折り返し地点に立つベトナム、その運命を握っているのはベトナム人自身である。

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