【Wedge】働き方改革(6)~崩壊に向かう日本の「終身雇用」

<前回>

 日本は資源国ではない。胡坐をかいているだけでは食べていけない。日本人には勤勉要件を課されている。勤勉でさえあれば、将来という「約束手形」が保障されている。(参照:日本人に襲いかかる「経済的不安」の正体とは?)。しかしながら、バラ色の時代は終わった。

● ジャパン・アズ・オンリーワン

「約束手形」制度とは、将来の分配に供される資源が保障されていることを前提としている。この前提が崩れると、手形の現金化が難しくなり、「約束手形」の不渡りリスクが高まり、日本社会で善とされる「安全」や「安心」も毀損される。ところが、世界を見渡しても、「約束手形」制度がある特定の時期に成功を収めたのは日本くらいしかないことが分かる。「ジャパン・アズ・ナンバーワン」ではなく、「ジャパン・アズ・オンリーワン」なのであった。

 私はアジアで長く経営コンサルタントの仕事をやってきたが、こんな制度を見たこともない。現地の人に聞いても、「約束手形」によって将来が保障されるなど想像すらできないし、たとえそれがあっても絶対に信用しないというのである。

 しかし一方では、非常に面白いことに、現地に進出した多くの日系企業は、日本本社の人事制度をそのまま持ち込んで使っているのである。つまり日本型の正社員終身雇用制度もどきの「約束手形」制度を現地で実施しているということだ。

 私はそうした日系企業の日本人経営トップにいつも少々意地悪な質問をする。「貴社は日本以外の海外拠点でも、終身雇用制度なのですか」。すると、十中八九は答えないか、言葉を濁すかで逃げるのである。そこでさらに掘り下げる。「海外で終身雇用をやってもいいのですか」……。さすがにこれ以上続けたら、敵視されかねないので、この辺で打ち止めにする。

 現地の雇用慣習はさておき、日本企業をはじめとする外国企業に限っていえば、途上国や新興国に工場をつくって操業したり、製品を販売したりするのは、安い人件費や市場のポテンシャル目当てであろう。状況が変われば、次の地域へ移動する。というのも、フロンティアを求めるのが資本主義の本質であるからだ。このような流動性を前提に終身雇用云々を語れるはずがない。そこで日本型の正社員終身雇用制度を導入したところで、高い確率で問題になる。ときには深刻な問題が起こる。

● 「終身雇用制度もどき」の災い

 日本型の終身雇用制度には3つの大きな特徴がある――。解雇しない(できない)こと、定期昇給(昇格)をすること、定年退職金が出ること。

 アジアなどの海外、特に新興国や途上国に進出した日系企業のほとんどは、現地で解雇しないことと定昇することの2項目だけは忠実にやっている(欧米企業よりはるかに温情的な雇用政策を取っている)ものの、退職金を出す企業は皆無に近い。なぜなら、現地拠点は一種の時限措置としての出先に過ぎず、いつその国から出るか、次はどこに移るかも分からないからだ。むしろこれは至極真っ当な経営判断ではあるが、問題は3分の2しかやっていない不完全終身雇用制度が引き起こす副作用にある。

 たとえばアジアの場合、ほとんどの国では慣習的な終身雇用制度がなく、その代りに法制度による厳格な解雇制限(シンガポールや香港などを除外)が課されている。これは日本の終身雇用と本質的な違いがある。生涯視野の「約束手形」ではなく、強制された「現金取引」に近い雇用関係なのである。

 さらにいえば、現地人従業員はこの点についてもよく理解している。彼たちはあえて日系企業に終身雇用の問題を提起しない。とりあえず目先の3分の2でも制度もどきでもいいから日本型終身雇用の「現物(現金)特典」を享受しながらも、「約束手形」にはかけらほどにも期待していないのである。

 一方で、日本人経営者だけは蚊帳の外に置かれ、「現物特典」を年々積み上げ、従業員の既得権益を肥大化させながらも、賃金支払額と生産性が乖離する年長従業員、特にそのうち一部モンスター化した従業員や管理職を目の当たりにしても、なす術がない。

 海外との対比事例から、日本型の終身雇用を中核とする「約束手形」制度の特異性が明らかになり、日本の常識が世界の非常識であることが示された。

● 日本の終身雇用の本質とは?

 法律上における「終身雇用」とは何を指しているのか。これを理解するために、海外の労働法令と比較してみよう。

 まず、日本の「労働基準法」第14条第1項「労働契約は、期間の定めのないものを除き、一定の事業の完了に必要な期間を定めるもののほかは、3年(次の各号のいずれかに該当する労働契約にあっては、5年)を超える期間について締結してはならない」

 次に、中国「労働契約法」第14条「無固定期間労働契約とは、雇用単位(訳注:使用者)と労働者が終了の時の確定がない旨を約定する労働契約をいう」

 最後にベトナム「労働法」第22条第1項a号「無期限労働契約とは、当事者双方が契約の期間および効力を終了する期限を確定しない契約である」

 この通り、日中越の労働法においていずれも、「終身雇用」という概念が使われていない。「終身雇用」は法的概念ではない。どうしてもというのなら、「終了の時(期限)の確定がない雇用」、あるいは「期間の定めのない雇用」である。つまり、「無期雇用」のことである。

 中国やベトナムの無固定期間や無期限労働契約は、雇用期間の長短という「量」の次元にのみ明示規定されている。これに対して、日本の場合は、雇用期間の長短という「量」に関係なく、企業と従業員の終身における「心理的契約」という「質」の要件が黙示されているのである。つまり雇用終了の出口(通常、定年退職を指す)について心理的な契約によって「約束手形」たるコミットメントがなされているのである。

● 終身雇用制度が崩壊したとき

 高度経済成長とバブル期を経て、今日の日本では、「約束手形」の現金化はすでに資源や財源が不足する状態になっている。その解決策というと、終身雇用制度に終止符を打つという選択肢がまず浮上する。

 実際に昨今の日本では、終身雇用制度ははたして機能しているかというと、結論的には「崩壊しつつある」よりも、一部の企業ですでに「崩壊している」様相を見せている。就業規則上では定年60歳となっているが、業績悪化を受けて早期退職や希望退職を募るケースは年々増加の一途をたどっている。いずれも「約束手形」の財源不足に起因する不本意な措置とみていいだろう。

 リストラ、あるいはリストラに近い非自発的な退職は日本社会でまだまだ、ネガティブに捉えられている向きが強い。社会全体に転職に有利なシステムも整備されていない。転職率は欧米に比べると低く、1つの企業に長期にわたって勤務し続けるという働き方を好む人が大多数である。このように、現時点では終身雇用制度の完全崩壊について、日本人は心の準備ができていないといってもいいだろう。

 そもそも、終身雇用制度の完全崩壊とはどんな状態なのか。単純化してしまえば、正社員制度の崩壊、つまり1億総非正規雇用化である。日本人は親しみのない完全競争社会に放り込まれ、日本社会の普遍的価値観に照らして善とされない「弱肉強食」現象と共存していかなければならなくなる。

 私自身も日系企業から欧米系企業への転職経験をもっている。欧米系企業に入った当初の1年は地獄のような世界だった。上司には即時成果の提示を迫られる一方、先輩はまったく仕事を教えてくれない。温情あふれる日系企業とサバイバル重視の外資、対照的な職場にストレスを感じずにはいられなかった。

 終身雇用制度の完全崩壊とともに、日本社会にこのような競争メカニズムが果たして定着するのだろうか。

<次回>

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