運転免許証更新、日本は毎年9世紀の時間を無駄にしている

 11月11日(月)、大阪出張中に運転免許証の更新。5年に1度の手続(前回記事2014年10月1日『世にも奇妙な免許証更新、日本の自動車免許産業の巨大利益はどこへ?』)、毎回毎回怒りを感じずにはいられない。

 1番窓口に行き、コピーして申請書を出力してもらう。次は2番窓口に転戦、免許証更新手数料を支払い、また別の書類をもらう。3番ではその交付された書類の2枚にそれぞれ記入。4番は視力検査。5番は暗証番号の入力と用紙の出力。6番は写真撮影窓口で写真を撮影し、講習受講場所の用紙を受け取る。7番は講習受講。最後に新免許証受領。

受講終了、新免許証交付を待つ

 おそらく世界トップクラス煩雑な運転免許証更新手続ではないだろうか。免許センターのドアインからドアアウトの所要時間は2時間半(ゴールド免許の場合)、往復の時間を入れると半日が潰れる。日本国の運転免許証保有者人数は8200万人規模、平均4年更新で計算すると、毎年2000万人がこの手続のために、8000万時間を費やしていることになる。8000万時間とは9100年、9世紀に相当する。

 OECDのデータ(2018年)によれば、2017年の日本の時間当たり労働生産性は、OECD加盟36か国中20位だった。生産性に関してほぼ無感覚的なマヒ状態に陥っているこの国の実態が映し出されている。免許証更新手続の現状存続が必要だとしても、人為的に複雑化された手続は、効率化すれば、最低でも半分以上の無駄が削減できる。昨今のIT技術を動員すれば、さらなる簡素化も可能であろう。

 そういう話を切り出せば、「自動車運転は生命安全に関わる大事なことだ」と正義論を引っ張り出す輩がかならず現れる。この非論理性はいまさら反論に値すらしない。そもそも制度自体の根源は、運転免許証を身分証代わりに代用させるところにある。そのシステムは一大無駄産業を生み出し、国民の血税を使って削減できるはずの多くの公務員や準公務員をのうのうと生き延びさせている。それが本質なのだ。

 こんな国は衰退しないほうがおかしい。

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