朝日新聞は潰れるか、ピンチに直面する経営者の姿勢が問われる

 朝日新聞は叩かれている。同社に勤めている知人もいて、メディアの中でもダントツに給料や待遇条件がいいらしい。が、これからは大変だと他人事ながら冷や冷やしている。

 私は歴史学者ではないので、慰安婦問題云々語るつもりはない。経営コンサルタントの視線で朝日新聞社を見つめたいと考えている。

000

 まず、記事の取り消しについて、これは商品のリコールに等しい。一般企業であれば、消費されていない商品、あるいは消費途中でも一部回収可能であれば、リコールが効くが、新聞記事という商品はそうはいかない。しかも、32年も垂れ流し状態で国家や社会に取り返しのつかない深刻な影響を及ぼした以上、いまさらリコール、しかも謝罪もないまま「取り消しだ」というだけでは、世間は納得いかないだろう。

 次に、謝罪したらどうかというと、必ずしも良い結果が担保されるとは限らない。こんなデタラメな新聞は読めるかで読者流出に歯止めがかからない。そうした事態になりかねない。特に日本の消費者(読者)というのは、全体的に欧米のようにしっかりとした価値判断や批判的思考をもっているわけではないので、流れに乗りやすい。しかも、少なくとも「32年も垂れ流し誤報」というのは紛れもない事実であって、決して風説被害で片づけられるものではないはずだ。

 さらに、週刊誌の「反朝日」広告の掲載拒否は大変まずい。少々幼稚な決定であまり賢明とはいえない。「長年の読者が見限り始めて部数がドーン(と落ちる)!」という週刊誌の広告文言を問題視するのがおかしい。朝日新聞の読者は、その週刊誌の広告をすぐさまに鵜呑みにして、朝日新聞の購読をやめてしまうほど単純で読者としての成熟度と評価力が低いのか、自紙読者をそう見ているのかと・・・。逆に、「朝日新聞に広告掲載を拒否された」ことが、週刊誌の最大な宣伝広告効果になりかねない。週刊誌のほうがドーンと爆発的に発行部数を伸ばしたら、それこそ最大な皮肉になろう。

 最後に、朝日新聞は広告を断るよりも、広告主に出稿を断られる明日を心配せずにいられないだろう。部数減は広告収入減に直結する。挟み撃ちでいくら資金潤沢な会社でも経営難に陥る可能性が出てくるだろう。

 「朝日新聞を潰せ」という論調には賛成できない。誤報や政治的偏向があったとしても、言論の自由を保証する民主主義社会では、そこまで狭量的になってはいけない。読者の成熟度は向上するだろうし、その価値観で物事を判断するだろう。その結果として新聞社の経営に決定的な影響を及ぼす。現状を見ると、決して楽観できない。

 朝日新聞社はいままさにピンチだ。企業の危機管理としてどのような姿勢に出るか、経営コンサルタントして大変興味深い。
 

タグ:

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です。