日本の新聞、内向き感満点と「分かりやすさ」の罠

 久し振りに主要全国紙5紙に目を通す。感想を言うと、あの「内向き感」は何十年経っても変わらない。

 あえて新聞社を批判する気はない。なぜならば、彼たちも商売で、需要があっての供給だからだ。読者の読みたい情報を供給するのがメディアビジネスで、そうしなければ、広告スポンサーがつかないし、商売が成り立たない。現に新聞広告を楽しみに新聞購読する人もいるくらいだから。

 日本社会は基本的にムラ社会で、身近で分かりやすいことにしか興味が持たれない。フェイスブックで実験すれば、「いいね」の数ですぐに分かる。よくいえば、ほのぼのとしていて親しみを感じやすい。そうした「ムラ感」満点である。日本社会では、「What」よりも、「Who」が重要であり、主体があくまでも人物中心になっている。

 欧米紙の感覚でいえば、日本の全国紙の紙面は8割が社会面になっている(日経もさほど変わらない)。要するに読者からみれば、自分にどのくらい関係があるかで興味の度合が変わってくる。

 あとは何といっても「分かりやすさ」が重要。「難しいことは分かりませんが…」という口癖もその代表格。分からないのだったら、勉強すればいいじゃないか。そもそも勉強する気はあるのか。

 「難しいことは分かりませんが…」。英語で”I don’t know what’s difficult…”と口にする外国人を、私は一度も見たことがない。どうしても分かりにくかったら、「Could you explain that more simply? 」と返ってくる。それは「知りたい」という意思表示なのだ。しかし、日本人の「難しいことは分かりませんが…」はいささか一種の拒絶反応だったり、あるいは結論への飛躍を求める意思表示になる。

 咀嚼や消化機能が衰退すれば、流動食に頼らざるを得ない。それはちょっとまずいだろう。

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