米中のどちらを選ぶべきか?葛西敬之氏 vs 中西宏明氏対論分析

 本日付の私の寄稿記事『米中の分断と棲み分け、日本はどちら側に立てばいいのか?』(2020年10月9日付Wedge)は、実はオリジナル原稿のフルバージョンではない。

 オリジナル原稿は、「葛西敬之氏 vs 中西宏明氏対論分析」という形で展開したのだが、私が強く賛同していた意見の主張者である葛西氏は、掲載先メディアWedgeの親会社JR東海名誉会長であるため、提灯記事の誤解を避ける意味で、当該部分を削除したうえで掲載した。したがって、文脈に若干の違和感(整合性の欠落)を持たれるかもしれない。謹んでお詫びします。削除部分を以下、自分のサイトで補足掲載する――。

 米国が主導する対中デカップリング(分断・棲み分け)に日本は果たしてどんな姿勢を示せばいいのか。日本国内でも見解が分かれている。その代表格として挙げられるのは、正反対の見解を唱える日本経済界の重鎮2人、経団連会長の中西宏明氏とJR東海(東海旅客鉄道)名誉会長の葛西敬之氏である。

 産経新聞ワシントン駐在客員特派員古森義久氏が寄稿した記事(9月23日付)が、9月15日付米国大手紙「ウォール・ストリート・ジャーナル(WSJ)」の取材記事を紹介した。両氏の発言部分を引用する。

 葛西氏は次のように発言した。「日本としてはまず対米同盟を優先するべきであり、中国にもそのことを知らせる必要がある。中国がもしそのこと(日本の対米同盟優先)がいやだったら、お気の毒、というだけだ」「われわれ日本は米国と緊密な歩調を合わせて進まねばならない。もし中国が日本と米国を離反させられると少しでも思えば、あらゆる手段を使って、試みるだろう。そうなると日本の政治は中国の介入によって大混乱に陥るだろう」「私は中国の習近平国家主席を(2020年)4月に日本へ国賓として招くという日本側の計画にも反対であることを当時の安倍首相(当時)に告げた」「日本の企業は、中国での活動を中国側にうまく操作されることを避けられる範囲内に制限しておくべきだ。いざという危機にはその活動をすべて止めてもなお大丈夫だという程度に抑えておくべきだ」

 (WSJの)ランダース記者は以上のように葛西氏の意見を紹介したうえで、同氏からみて中国の危険性を過少評価している人物の名を挙げるよう質問した。すると葛西氏はただちに経団連会長で日立製作所会長の中西宏明氏の名を挙げて、次のように述べたという。「中西氏はジオポリティックス(地政学)を理解していない」

 そこでランダース記者は当の中西氏にインタビューして、葛西氏の言葉を伝え、見解を尋ねた。すると中西氏は次のように語ったという。「私は確かにジオポリティックスの専門家ではないが、日本の隣国の中国との歴史的な絆については理解している。その時の政治によって数十年かけて築いたビジネスのパートナーシップの成功を覆すことには反対だ。私の中国に対する見解は葛西氏の考えとはまったく異なっている」「もしこの国(中国)を敵とみなし、無視しながら、なお経済活動を続けようとすれば、それに伴う危険はかえって高くなり、自滅的な行動にもなりかねない。中国とは隣国として可能な限り仲よくしよう」

 結論からいうと、私は葛西氏の見解に同意する。では、葛西氏と中西氏の見解はなぜ、どこで、どのように食い違ったのか。

 まず、歴史に立脚して将来を語るという中西氏の姿勢が見て取れる。歴史的に日中間のビジネスパートナーシップを築き上げるには長い年月がかかったことから、大切にしようという主張は、埋没コストの概念に基づいている。過去の事業に投下した資金・労力はドブに捨てるべきではない。あるいは固定資産の減価償却という考え方が中西氏のなかにあったかもしれない。しかし、そこから「中国と可能な限り仲よくしよう」という結論をたやすく導き出せるのか。目的と手段の倒錯があってはならない。そもそも、中国と仲良くすることが目的なのか、手段なのか。仲良くすれば、必ず日本の長期的利益につながるのか。日本の長期的利益のために、仲良くするのが適正かつ唯一の手段なのか。このように複眼的に検証する必要があるのではないだろうか。

 次に、対米関係。発言をみる限り、中西氏は米国との関係に触れなかった。仮説として、米中のどちら側につくかを選ばなければならないとき、その選択の基準とは何か、どのように選択するのか、中西氏は解答を用意していたのだろうか。葛西氏は「対米同盟を優先する」という前提を明確に規定したうえで、論理的に結論を導き出したのである。ジオポリティックスに立脚したその文脈がはっきりしている。

 一方、中西氏は自ら認めているように、ジオポリティックスを排除したうえでの結論だった。となると、国家間の経済関係は、ジオポリティックス抜きにして語れるのかという新たな問いが浮上する。

 政治があっての経済。葛西氏はさらに「日本企業の中国事業が中国側に操作される」というリスクを提示し、「いざという危機」も想定したうえで、「日本企業の活動をすべて止めても大丈夫な状態」という具体的なリスク管理の方向性を明示したのである。これらに対しても中西氏からは一切言及がなかった。明らかに中西氏の結論は不完全なものであった。

 思うに、葛西氏は決して経済論や経営論を軽視・無視しているわけではない。持続可能な長期的利益を担保する経営インフラに着目しているからこそ、国際政治を重要な前提としたのであろう。残念なことに、このような「政治的な経営の眼」をもった日本人経営者はそう多くない。それは純粋な経済や経営の分野では、「量」の追求がどうしても優先されるからである。

 ……(Wedge掲載記事)……

 故に、葛西氏が提案している「米国側に立つ」案が戦略的に正しい。

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