【世界経済評論IMPACT】安倍晋三氏はなぜ、日本人に嫌われたのか?

 安倍晋三氏の国葬をめぐって反対意見が目立つ。安倍氏が多くの日本人に嫌われる主因は、トリクルダウンの失敗にある、という指摘は正鵠を射ている。

 「富める者が富めば、貧しい者にも自然に富がこぼれ落ち、経済全体が良くなる」というトリクルダウン理論。格差是正は歓迎されるが、手法の「トリクルダウン」が嫌われた。「ダウン」とは上から下へという上下関係は日本人の潜在的フラット意識に反する。

 上下があってはならないのだ。「上から目線」を嫌う日本人が多いのもそのためだ。上下関係を前提とするトリクルダウン理論は、いかにも新自由主義の匂いがプンプンして、それが後日の岸田氏が提唱する「新・資本主義」につながったわけだ――。行き過ぎた新自由主義を止めようと。

 しかし、日本人は一度たりとも新自由主義など経験したことがない。日本社会にあるのは、競争メカニズムを排除する縁故主義だ。故にトリクルダウンは嫌われるだけでなく、成功するはずもない。安倍氏はその本質を看破することなく、正攻法としてトリクルダウンの道を走ったのだった。

 「富める者は先に富んで、貧しい者を助ける」とする鄧小平の「先富論」は、トリクルダウン理論のオーソドックス的な運用だった。結果として中国は経済的格差を作り出したものの、底辺の底上げができたし、富の総量増も見事に達成した。中国は「真資本主義・偽社会主義」のハイブリッド型として躍進した。

 しかし安倍氏の「トリクルダウン」は、どちらも達成できなかった。そのうえ、日本国民に「新自由主義」という誤解だけをしっかり印象付け、恨みを買ってしまった。非常に残念だった。

 少し議論を展開すると、問題の根源は政治でなく、日本社会つまり日本人全員にある。大方の日本人は事実認識よりもまず善悪の価値判断に偏って問題の本源を見失い、そのうち、「新自由主義」やら何やら概念に囚われてしまう。その迷走層には、高学歴をもついわゆる識者も多数含まれている。

 「現象」「本質」の取り違えだ。格差は単なる「現象」である。日本の格差も中国の格差も米国の格差も、見た目では同じだか、格差を生み出した原因はそれぞれ違う。病因を間違えて投薬しても病気は治らない。それどころか、状況が悪化する一方だ。

 日本社会の縁故主義は、政治に限らず、企業も然り、ほぼすべての共同体、社会の隅々まで浸透している。縁故主義という日本社会の体質は資本主義の前提である「競争」を悪とし、排除する。戦後の高度成長期と縁故主義の親和性が良く、日本の底上げにつながった。それは偶然の出来事であり、「得した40年」だった。

 その後の30年は「失われた30年」ではなく、常態回帰であり、その常態は今後も続き、ずっと「失われ」続けるだろう。日本型縁故社会主義を源とする格差は、解消することはできない。社会主義的な貧困を治す薬は、まず資本主義の本物競争を導入することだ。

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