● 白旗挙げる勇気
ローマ教皇フランシス、ウクライナには「『白旗』を掲げる勇気」が必要だと述べ、ロシアとの停戦に向けた和平交渉を促した。教皇はウクライナについて「最も強いのは、状況を見つめ、国民のことを考え、『白旗』を掲げる勇気を持って交渉する人だと思う」と指摘し、「敗北し、物事がうまくいっていないと分かったら、交渉する勇気を持たなくてはならない」と提唱した。
私が一貫主張してきたことだ。勝ち目のない戦いは、戦わないこと。早い段階で交渉のテーブルにつけば、少ない被害ですむ。さらに代理戦争の性質を考えると、ロシア兵士は、祖国ロシアのために尊い命を捧げるが、ウクライナ兵士は、米国のために無価値の死を遂げている。一刻も早く戦争を終わらせるべきだ。教皇の言っていることは、その通りだ。
● 和平と戦争
中国の李強首相が3月5日開幕した全人代で行った政府活動報告に異変があった。李氏は中台の将来について、前任者の李克強氏が昨年の政府活動報告で使った「平和統一」という表現ではなく、「統一」の2文字だけ言及した。
武力統一の外に選択肢がないことに、中国はついに気づいた。さらに、台湾統一が米中問題を解決する唯一の手立てであることにも気づいたようだ。米中問題が解決すれば、アジア反中3か国、日韓とフィリピンも黙り、中国傘下に入る。「平和は、武力によってのみ実現する」という真理は、不変だ。
● 老後2000万円問題
「老後2000万円問題」は、支配者階級が意図的に作った罠だ。年金不足は確実。そこであたかも2000万円あれば穴埋めできるかのような錯覚を与える。年金原資の極端な不足によって、大幅減額支給になった場合は?上記に関連して、ベーシックインカムに制度転換した場合は?国際情勢等によって、想像を超えるインフレが進んだ場合は?日本円が大幅下落し、紙クズ化した場合は?
そうなった場合、その時の政治家・支配者階級が「未曾有」「想定外」の一言で片付ければ、それで済むかもしれないが、国民はどうするのか?もう1つ、予想外の長生きになった場合は?間違いなく、個人の自己責任になるが…。

● お金持ちになろう
「お金持ちに共通する○つの習慣」類いの記事が溢れている。では聞くが、「これらの習慣さえ身につければお金持ちになれるのか?」。類似事例だが、「風邪を引いた人は熱が出る。だから、熱を出した人は風邪だ」といえるのか。「現象」と「本質」の関係の倒錯。
今の日本、上等なメディアを含めて、類似の罠を多く作っている。情報が溢れている。なかにゴミが大量混在している。でも、ゴミはリサイクルできる。ゴミ情報で誰が利益を得ているか。これに注目したい。ゴミ情報という「現象」から掘り下げて、世界の「本質」を抉り出す。
本題に戻るが、お金持ちに共通する習慣を猿真似してもお金持ちにはなれない。お金持ちになるための条件はたった、1つ。それは、「運能」――運に恵まれることと、運を迎え入れる能力をもっていることだ。
「運」とは、外的要因で、正しい時、正しい場所、正しい人物、正しい諸条件が揃ったことを言う。これは、神に愛されることだ。「能」とは、内的要因で、上記を、なんとなく、ぼんやりと、あるいははっきりと、体感・認知・認識し、迅速かつ適正に反応し、その運を、能動的に迎え入れる力のことを言う。これは、自分に愛されることだ。
お金持ちになれば、お金持ちに共通する習慣は自ずと身につくものだ。「運能」――成功への唯一の道。松下幸之助はもし、50年や100年遅れて生まれていたら、パナソニックで成功したのだろうか。多分無理。それは彼の「運」だった。しかし、彼は「能」があれば、別の「運」をキャッチして、全く別の形で、別の成功を収めたのだろう。
そうすると、松下名言の一部も別の形のものになっていたと思う。成功者の名言は、先人の哲学のリフォームや蒸し返しもあれば、「運」と「能」の2つの成分が含まれていることも多い。鵜呑みにしてはいけない。分けて捉えるべきだ。学習するなら、哲学そのものを勉強した方が効率が良い。
● 友達と家族
「友達ゼロ」は人としてダメか、といったような議論がある。友達以前の問題で、家族の絆。アジアだけでなく、欧米を含めて、日本人ほど家族の絆が希薄な国も珍しい。友達は家族の外周にある社会的なものでしかない。日本の場合、「会社」が「社会」に取って代わった時点、全てが狂った。会社優先で家族崩壊が進んだ。
しかし、いよいよ会社が怪しくなってきたところ、本来ならば、家族回帰、絆の再建が本筋だが、なぜかそれが盛り上がらない。日本の保守も、「イエ」の再建に興味を示さない。経済が厳しくなり、結婚も減り、家庭すら作れない。家族抜きの日本社会では、「友達」に目を向ける。しかし、それが中核的な絆になり得ない。自然の摂理に反するからだ。
● 真面目
「真面目」を美徳とする日本人は、徹底的に奴隷化教育に洗脳されている。「真面目」の一般的な英訳は「Serious 」。それはどういうニュアンスか、知っている人は知っている。「Are you serious?」とは、「それって真剣に言ってるの?」「マジ?」、信じられないという驚きの表出だ。「真面目」と「マジ」の差を知っておきたい。近い英語のフレーズは、「Are you kidding me?(冗談だろう)」。その答えは、「I’m serious(私は真剣、本気だ)」、「真面目」を意味しない。成果を出せず、真面目さで点数を稼ごうとしても、無駄。そういう時代だ。
● 宗教と利権
法輪功。最近、主要幹部らが反逆罪で破門され、内紛が激化中。破門された元幹部蕭茗氏の告白を聞くと、非常に論理的で納得する。いわく「異論を許さず、言論の自由を抹殺し、異見者を排除する。法輪功がやっていることは、彼らが敵とする中共のやっていることと、同じだ」。ここが本質。私が主張していることだが、民主主義は独裁の一形態に過ぎない。宗教も組織になった以上、利権の塊。人権ビジネスもまた然り。神聖さの欠片もない。利権の拡大のみで、人権や自由を踏み躙るのが人権ビジネスだ。




