● 高市支持と奈良の自己投影構造
SNS上では、高市首相を応援する奈良県出身者が目立つ。地方出身の政治家に対する「同郷意識」は、日本社会において単なる郷土愛を超えた心理的投影の構造を有している。特に地方が長く中央から疎外されてきた歴史的背景を持つ地域においては、「自分たちの代表が中央で闘う」という代理的カタルシスが強く働く。

奈良出身者による高市早苗支持の心理は、まさにその典型である。支持者は、彼女を通して自らの社会的劣位を克服する幻想を見出しており、そこに「自我の補完」的要素が存在する。高市氏が「女性で地方出身」という非主流的属性を有することが、この投影構造をいっそう強化しているのである。すなわち、彼女は「政策」によってではなく、「属性」によって共感を得ている。
よって、同郷支持は自己救済的な幻想装置として機能しているに過ぎず、政治現象というより心理劇に近い性格を帯びている。一方、安倍晋三の場合は性質が異なる。山口県は長州藩以来、中央権力の形成主体としての記憶を保持している地域であり、すでに「支配階層の記憶」を有している。
そのため、山口県出身者にとって安倍氏は「地方から中央へ登り詰めた代表」ではなく、「もともと中央そのものの人間」であった。したがって「うちの県の出身だ」と誇示する心理的必要が存在しなかった。これは象徴的既得意識に基づく静的な誇りである。
これに対して奈良県は、京都・大阪の陰に置かれ、政治的・経済的に周縁化されてきた地域である。ゆえに奈良出身の政治家が中央で脚光を浴びることは、潜在的な「復権」や「逆転」の願望を刺激する。そこにこそ高市氏支持の熱情が生まれる構造がある。要するに、山口の場合は「本流の象徴」としての静的支持であり、奈良の場合は「周縁からの自己投影」としての動的支持である。前者が権威の確認であるのに対し、後者は救済の希求である。これが、両者の支持の質的差異である。
● 役者ではなく観客を論ずるという知的誠実
高市支持・誇示の奈良県人がなぜ多いか――こうした分析を行う論者はほとんどいない。なぜか。
第一に、現代の政治報道や評論は「支持率」「政策」「政局」などの外形的要素に偏り、支持の心理的・文化社会的基層に踏み込む視点が欠けている。政治社会学や社会心理学的分析ができる記者・論者がほとんど存在しないのである。
第二に、同郷意識や地方の劣位意識というテーマは、日本社会においてタブー性が高い。地方の支持者を「自己投影」や「代償心理」として描くことは、「地方民の感情を見下している」と受け取られる危険があり、メディアは避ける傾向にある。日本のジャーナリズムは、依然として「感情の政治」を分析することをためらう。
第三に、政治評論が「人物評」か「政策批評」に二極化していることも問題である。人物評はドラマ化・英雄化の方向へ流れ、政策批評は条文・数字の世界に閉じこもる。その中間にある「支持の情念構造」「社会的無意識」の領域は、扱いが難しく、読み手も少ない。したがって、奈良出身者の高市支持と山口出身者の安倍支持を心理社会的に比較するような分析は、メディア市場の文脈からもほぼ消えている。要するに、現在の政治報道は「誰が何を言ったか」までは報じるが、「なぜ人々がそれに共鳴するのか」という共鳴構造の研究を放棄しているのである。
しかし、この領域こそ極めて重要である。なぜなら、役者よりも観客を評論することこそ、民主主義制度そのものの実体を見るうえで欠かせない省察だからである。
政治とは本来、為政者(役者)だけでなく、有権者(観客)の集合心理によって成立する「上演空間」である。民主主義とは、政治家が舞台に立つ制度であると同時に、観客が舞台を成立させる制度でもある。にもかかわらず、日本の政治評論はほとんどが「役者批評」にとどまり、「観客批評」を避けてきた。
観客を評論するとは、民意そのものを批評するということである。つまり、民主主義の根幹に手を突っ込む行為であり、タブーに近い。だが、観客の構造を見抜かなければ、制度の本質も腐敗のメカニズムも理解できない。高市支持に見られる「自己投影」も、安倍支持に見られる「既得誇り」も、政治家個人の特性ではなく、観客の欲望が生み出した鏡像にほかならない。
民主主義の実体とは、理念としての「人民の意思」ではなく、現実としての「観客の情念」である。観客が喝采を求め、涙を期待し、英雄を幻想するとき、政治は必然的に劇化する。ゆえに、民主主義を正しく理解するとは、政治舞台の演出や役者の台詞ではなく、観客の眼差し、沈黙、熱狂、そして退屈の構造を分析することにほかならない。
「観客を評論すること」こそ、民主主義という劇場の実体を照らす最も危険で、そして最も誠実な知的行為である。それができないのは、まさに民主主義の脆弱性を示す決定的な証左である。
● 悪政の責任は民にも帰す
「愚民の上に苛き政府あり」という言葉は、福沢諭吉の『学問のすすめ』に引用された西洋の諺で、政府が苛酷になるのは政府のせいではなく、無学で徳義を欠く「愚民」自身が招く災いであると。
福沢諭吉が「愚民の上に苛き政府あり」と書いたとき、彼は国家批判ではなく民衆批判を行っていた。つまり、政治の質は為政者によってではなく、統治を許容する民の質によって決まるという逆説的な命題である。近代民主主義が「人民主権」を掲げる以上、その論理的帰結として「悪政の責任は民にも帰す」という思想であり、本来は民主主義の根幹を貫く冷厳な真理である。
ところが、現代の日本社会でこの言葉をそのまま口にすれば、激しい反発を招くだろう。民衆を「愚民」と呼ぶこと自体が「上から目線」と非難され、「民意の軽視」「民主主義への侮辱」といったレッテルが貼られるに違いない。だが、それこそが福沢が予言した「愚民」の自己証明でもある。批判を外に向け、内省を忌避する社会が、どのようにして自らの統治を劣化させていくか――それを彼はすでに見抜いていたのである。
今日、「愚民の上に苛き政府あり」と言うことは、為政者批判よりも遥かに勇気を要する。SNS時代の言論空間は「民の声」が絶対化され、批判が許されない「民意信仰」の独裁に支配されつつある。昔の日本には、政府批判も民衆批判もともに許された。いわば「知的自由」こそが真の言論の自由であった。
いまやその自由は失われ、「権力を批判する自由」は残っても、「民を省みる自由」は失われた。だからこそ、福沢の一文は時代を超えて鋭く響く。悪政の根源は常に「他者」ではなく「われわれ自身」にある。この自覚を失ったとき、民主主義はすでに形骸化しているのである。




