「日本人ファースト」の実体を解き明かそう。
「何処の国も自国ファーストである。確かに多くの国家は、経済政策・労働政策・教育制度等において自国民を優先する傾向を持つ。たとえば、マレーシアにおけるブミプトラ政策は、憲法上の「マレー人の特権」に基づき、教育・住宅・経済においてマレー系住民を優遇するものであり、まさに典型的な「自民族ファースト」政策の体現である。
ただし、それは「マレーシア人全体のファースト」ではなく、「特定民族の優遇」にすぎず、他民族たる中国系・インド系マレーシア人には構造的な不利益を与えている。なぜそうしなければならないかというと、マハティール氏は、「マレー系が相対的に弱いから、対等の競争では不利な立場に置かれる」との趣旨を明言してきた。
この点を踏まえれば、日本のように人口の97%以上が「日本人本系」で構成される国家において、殊更に「日本人ファースト」を声高に叫ぶことがいかに滑稽か、理解されよう。
日本民族が弱いのだろうか?いいえ。違う。しかし、弱い日本人がいて強い日本人にやられているのが現実であり、日本人同士の競争ないし搾取にとって弱い日本人は自助の限界が見えて、助けを必要としているのが本質である。「日本人ファースト」の本質は、「日本人弱者ファースト」なのである。
日本人本系97%以上という現実の中で、「日本人(民族)ファースト」を改めて掲げるという姿勢は、もし本当ならば、それ自体が日本民族自己不安の表明であり、国家的羞恥の証左とも言える。しかし、事実はそうではない。繰り返すが、「日本人ファースト」の本質は、「日本人弱者ファースト」なのである。
参政党は、巧妙に論点をすり替えたのである。それを見出せず、共鳴した層はおそらく、日本人弱者層である。
仮説を立てよう。以下16項目のいわゆる外国人「特権」を全面制限・排除した場合、日本人の生活改善ができるのか?
1. 外国人への生活保護支給を完全停止
2. 外国人の公営住宅入居を全面禁止
3. 外国籍の子どもへの無償教育・給食提供を全面停止
4. 外国人の健康保険加入を制限、未加入者への診療拒否
5. 外国人に対する避難所受け入れ・支援物資提供を中止
6. 外国人労働者に対する教育支援・労働相談などの公的支援を廃止
7. 外国人観光客・住民への行政サービス(多言語案内、日本語教育など)を停止
8. 外国人の子どもや家族に対する児童手当・就学支援を打ち切り
9. 外国人留学生への奨学金、学費補助、研究支援制度の全廃
10. 外国人の選挙に関する情報提供や、参政権を持たない者への政治参加の場の排除
11. 外国人団体・NPO等への自治体補助金を全廃
12. 難民・仮放免者に対する最低限の生活支援や住居提供の廃止
13. 災害時の多言語避難訓練・情報提供体制の解体
14. 技能実習制度における人権監視・労働環境改善ガイドラインの廃止
15. 自治体国際交流協会などの「共生推進事業」の打ち切り
16. 外国人による不動産購入を制限または禁止(特に土地・住宅の取得)
仮に、いわゆる「外国人優遇」とされる制度のすべて、すなわち16項目を完全に廃止・切除したとしても、日本人が「ファースト」になることは決してない。それどころか、日本社会はより脆弱で閉塞した構造へと沈下していく。
第一に、そもそも日本人が抱える困難の本質的原因は外国人の存在ではない。雇用の不安定、非正規労働の蔓延、社会保障制度の劣化、少子高齢化、地方の衰退、教育格差、出生率の低下――これらはすべて、日本社会内部の構造的問題であり、外国人の支援制度とは本質的に無関係である。構造的原因に目を向けず、矛先を外国人に向けたところで、何ひとつ根本は解決されない。
第二に、排除によって得られるものは「利益」ではなく、一時的な感情的快感にすぎない。外国人を排除すれば、その分、日本人が得をするというゼロサム的な発想は幻想である。生活保護にしても、外国人の受給率はごく一部に過ぎず、それを打ち切ったところで財政が劇的に改善するわけではない。むしろ、医療・介護・建設・農業などの現場から外国人労働者が消失すれば、空洞化と混乱が発生し、そのしわ寄せは日本人に及ぶ。
第三に、「日本人ファースト」というスローガンが守るべきはずの弱い日本人こそが、次に切り捨てられる存在となる。排除の論理とは、つねに「外部の敵」を求め続ける自壊的回路である。外国人を排除し終えたとき、次に槍玉にあがるのは、生活保護を受ける日本人、働けない高齢者、非正規雇用の若者、障害をもつ人々であろう。「ファースト」とは名ばかりで、実態は「強者による弱者の再整理」でしかない。
第四に、16項目のうち多くは国際条約や人道原則に抵触しており、実施すれば日本は国際的信頼を失い、制裁や圧力の対象となる。人権・共生・多様性というグローバルな価値に背を向ければ、経済・技術・観光・文化のあらゆる分野において孤立が進む。内向きの排外主義の果てにあるのは、繁栄ではなく、萎縮である。
最後に、「ファースト」とは本来、誰かを排除することで実現するものではない。本当に日本人が尊厳と幸福を享受できる社会を築くためには、排除や憎悪によってではなく、制度の再設計と再分配の理念によって、社会全体を再構築しなければならない。可能性を引き出し、安心を支え、努力が報われる仕組みをつくることこそ、「日本人ファースト」の本質である。
ゆえに断言する。16項目を実施したところで、日本人は「ファースト」になれない。それはただの幻想であり、自己欺瞞であり、最終的には自国民すら切り捨てる排除社会の助走に過ぎない。真の優先とは、排除によってではなく、包括によってこそ実現されるものである。
「日本人ファースト」は全くの幻想。それを信じて投票した人たちのほとんどが思考力を持たない日本人弱者、愚民である。





