ブルネイ・バンダルスリブガワン国際空港。搭乗便のチェックインを終えると、「Immigration」のサインに従って出国審査場へと進む。
「ダメですよ、入っちゃ。出て行ってください」
「えっ、出国審査場ですよね」
「いや、まだ時間になっていませんから、外で待ちなさい」
「はあ?」
「1時30分です。出国審査開始は」
午後3時出発の飛行機で、1時間半前にならないと出国審査をしない。北朝鮮の平壌空港も随時出国審査だが・・・。審査官らの一団がそこらへんだらーんと座って雑談したり昼寝したりしている最中。しかたないので、出国審査場入口で立って待つ。
「ここにいちゃダメです。向こうの席に座って待ちなさい」
「向こうは込んでいるし、ここで立って待ちます」
「ここはダメです。向こうに行きなさい」
「何でダメですか。禁止サインはありませんよ」
「決まりです。ルールです」
「法令根拠を見せてください」
「私が言っているじゃないですか、ダメです」
「禁止の法令がなければ、私はここに立ちます」
・・・(しばらく中に入ってまた出てくる)
「いいよ、あなた、出国したいなら、手続きをしてやる」
要は私が入口に立って目立つし、一団のだらしなさが見られるのが嫌だったのだろう。公務員は仕方ない。といっても、この国の国民の8割が公務員。
では、民間はどうだろうか。「Tamu Kianggeh」というローカル市場(いちば)を訪問。アジアの市場といえば、活気溢れる光景をイメージするが、ここブルネイだけは大外れ。
まだ早い時間帯なのに、8割以上のブース(店)が営業終了。2割ほど営業中といってもまったく商売気がない。売り子がただ座ってのんびりしているだけ。客が寄ってきても声をかけようとしない。もちろん、値切れる雰囲気ではない。ガイドに聞くと、「この国は市場でも値切る習慣がありません。買うなら買う。買わなきゃ買わなくていい。そんな感じですよ」
生計を立てるためではない。暇つぶしで商売をしているようなものだ。店を開けてしばらく時間を潰して、「いや、疲れたなあ」「つまらない。もう帰るか」と思ったら店をたたんで帰る。
勤勉って何だろう。勤勉は果たして美徳なのか。ここブルネイに来て私は自分の倫理観や勤労観を疑うようになった。ふとボブ・ブラック「労働廃絶論」の一節を思い出す。
「人は皆、労働をやめるべきである。労働こそが、この世のほとんど全ての不幸の源泉なのである。この世の悪と呼べるものはほとんど全てが、労働、あるいは労働を前提として作られた世界に住むことから発生するのだ。苦しみを終わらせたければ、我々は労働をやめなければならない。・・・収入や仕事のことなどすっかり忘れて、まったく無精と怠惰になる時間を、誰もが今よりもっと必要としていることはまちがいない」
労働信仰や勤勉信仰をもつ人間にとって本質的に異なる価値観である。そもそも、人間の本能的な部分は怠惰なのだ。いや、そういう表現はよくない。自然体信仰といおう。