資本主義は悪だ、代案なき弱者の確証バイアス

<前回>

 社会に対して不満をもつ人は、自分の不幸は社会のせいだと、そう思っているだろう。これはつまり、自分の幸福が社会に依存しているということだ。

 社会が自分の希望通りにいけば、幸福だ。そうでなければ、不幸だ。いざ自分自身が不幸の現実に直面すると、本能的に社会が悪いと考える。それを確証するために、他人の同調を取り付けたり、自論を裏付ける材料を集めたりするという行動に出る。

 これは、認知心理学や社会心理学では、「確証バイアス」という。仮説や信念を検証する際にそれを支持する情報ばかりを集め、反証する情報を否定したり無視したりする傾向のことである。

 こういう人には、「そうですね。社会が悪い。あなたは悪くない」というと、一時的に元気になる。自分の仮説が支持され、確証バイアスがポジティブに作動する。逆に反対意見を述べられると、反証情報としてすぐに拒絶反応を引き起こす。あらゆる論拠を集めてその反証情報を否定しようとする。

 よくある議論は、資本主義社会の問題だ。私は一度も資本主義社会が最善と思ったことがない。ただ、資本主義よりベターな社会制度はあるのだろうか。もしあるとすれば、私は喜んで打倒資本主義の行列に加わりたい。

 資本主義が如何に悪いと散々罵った人に、「では、どうしますか、資本主義を倒しますか。その代わりに何主義にしますか」と問いかけた途端に、濁して、問いから逃げ出すのである。

 批判や否定したところで代案や解決方法をもたない人は間違いなく、それこそ社会の「弱者」である。でも、弱すなわち善ではないのである。

<終わり>

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コメント: 資本主義は悪だ、代案なき弱者の確証バイアス

  1. 確証バイアス。「仮説や信念を検証する際にそれを支持する情報ばかりを集め、反証する情報を否定したり無視したりする傾向のことである。」。認知心理学や社会心理学では、そういうんですね。私が30年ぐらい昔にシステム論の本を読んだ時には、それは「モデル化現象」と書かれていたと記憶しています。

    そして、立花先生のご主張とは逆に、私は立花先生こそがこの、「モデル化現象」の病にかかっていると感じてました。

    代案、代案というけれども、立花先生自身がすでに自覚なさっているように、1%のものが世界の大半の富を所有しているというマクロの問題にな対しては、立花先生自身も回答を持ち合わせていないんですね。あくまでミクロで答えているだけ。それを「自分は回答を提示しているけれども、相手はそうではない」と強弁している。
    マクロの問題に対してミクロの回答をしても無意味です。ミクロの回答の足し算はマクロの回答とはならないから。

    それを一生懸命、これが正しい解決法だとご主張なさっているのは、自らの人生とビジネスの正しさを言い立てたいということなのでしょうが、これがまさしく、確証バイアスの病なのだと思います。

    資本主義がうんぬんという話も、資本主義VS〇〇主義の2択のような話をしていますが、歴史をみても、現実をみても、数々の資本主義があり、改善の余地がある。だから、資本主義の問題を指摘することイコール資本主義打倒とはならない。

    そういう事実を無視して、立花先生のミクロ主義に反対のものは資本主義反対であるというような強弁を積み重ねる。立花先生の場合は、確証バイアスにかかっているというより、確信的に確証バイアスを実行しているということなのかもしれませんね。

    1.  何回も繰り返し言っているのですが、今回は最後の回答とします。

       私は、「1%のものが世界の大半の富を所有している」という仮説あるいは現象を問題として取り上げていません。そして資本主義制度が抱える問題を解決することも、資本主義を改善することも私自身の課題ではありません。

       私はマクロよりもミクロのビジネスに取り組んで、ミクロの回答を望む顧客層が認めてくれ、社員がパンを食べられる、それで完結します。「マクロの問題に対してミクロの回答をして」の意味について、私はマクロを問題としていないわけですから、意味の有無それ自体が意味をなさない。

       マクロ問題に意味を感じられ、資本主義の改善やら何やら執拗にご興味があるようであれば、ご自分で研鑚し、その分野の専門家と議論なさったらどうでしょうか。

      PS.
       不勉強ながら「モデル化現象」は初耳で、ネット検索してみたのですが、これも「1%馬鹿ゲーム」同様引っかかりません。さらに「確証バイアス」との関連性を検索しても、なかなか明確な論文や叙述が出ません。もちろん「モデル化現象の病」というのも見つかりません。これも良かったら、原著名など出所を教えていただけますか?

      1. 「モデル化現象」ですね。なにしろ30年ぐらい前に読んだ本なので、完全に同一の名前ではないかもしれませんが、意味としては、立花先生がお書きになった「確証バイアス」とほぼ同じと記憶しています。

        ネットでサーチできないのは、海外の著書の翻訳本であるで名称も翻訳名であるのと、ネット普及前の本であるからだと思います。

        本そのものは購入したのですが、すでに手もとにありません(あるいは段ボールの奥底に隠れています)。アマゾンで調べてみたところ、おそらくこれだと思うものが見つかりました。
        「新しいシステムアプローチ―システム思考とシステム実践 単行本 – 1985/2」
        出版社がオーム社だったことと表紙のデザインは覚えているので、たぶんこれだと思います。

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