【Wedge】働き方改革(19)~終身雇用制度崩壊のシナリオ、何が変わるのか?

<前回>

 終身雇用という「OS」が使えなくなり、「非終身雇用」という新たな「OS」に取って代わられようとしている。従来の旧OSに機能してきたアプリは、新OSにそのままインストールできない。このように、「OS」と「アプリ」という2大問題が横たわっている(参照:リストラの罠、非終身雇用時代に向かう岐路に立つ)。

● 非終身雇用時代への移行、3つのパターン

 まず、「OS」の変更は容易なことではない。とは言っても、いざとなれば、企業は経営上の意思決定さえ下されれば、すぐに動き出せる。専門家を動員すれば、企業人事制度の刷新は1年や2年、慣らし運転期間も入れれば、通常は数年程度で新制度への移行完了が可能である(企業の個別事情によりもっと長い期間を要するケースもあるが)。

 企業ベースの制度改革はどんなものになるか。企業によっては千差万別で一概には言えないが、大きく3つのパターンに分けられる。

 1番目のパターンは、「新制度への一斉移行型」である。新入社員も古参社員も特に区分せず、全員新制度適用で一斉に移行し、スタートする。非終身雇用に切り替わるのだが、既存社員には過去の旧終身雇用制度下の勤続年数に応じ、諸々の要素を折り込んで給料の過不足清算を行う。過不足清算とは、終身雇用制度下の生涯各段階における「生産性カーブ」と「賃金カーブ」の乖離によって形成された賃金の「過少支払い」と「過剰支払い」の清算を指している(参照:「働き過ぎ」の若者と「もらい過ぎ」の年長者、日本社会の「怪」を暴く)。清算が終わると、全員が同じスタートラインに立ち、よーいドンと一斉に走り出す。単純明快な方式だが、反対勢力の抵抗が生じやすく、実務上の改革は容易ではない。

 2番目のパターンは、「新旧2制度の併存と段階的移行型」である。新入社員には「非終身雇用制度」という新制度を適用するが、既存社員には一定の経過措置を講じ、何らかの形で段階的に旧制度から新制度への移行を進める。新制度へ移行してから慣らし運転に入るのではなく、慣らし運転をしてから、あるいはしながら、新制度へ移行するというパラレルラン(並行実施)方式である。

 デメリットとしては、「1社2制度」という体制の構築と初期運用がやや煩雑になり、企業に一定の取引コストが生じることである。一方、最大のメリットは何と言っても、急進的な変革が避けられ、中長期的に平穏な制度移行が可能となることだ。もっとも日本企業に適したアプローチではないかと思う。

 3番目のパターンは、「新旧2制度の自由選択型」である。「1社2制度」の中身は上記の第2パターンに似ているが、ただ企業一方的な「段階的移行」方式を取らない。従業員の自己意思による制度選択を可能にする方式である。ただし、新入社員には一律新制度適用とする。上記の第2パターンよりもさらに長い期間をかけて制度移行するため、よりマイルドなアプローチとなる。ある程度の余裕(長期的原資)がある企業に向いている。

 補足になるが、「働き方改革」で音頭を取っている政府は自ら、産業界や民間企業の前に範を垂れることを求められる。公務員だけが親方日の丸、そのまま何ら変革もないのでは、国民も到底納得できない。AI(人工知能)の導入を含めて、労働生産性の向上を中心とした行政改革をまず断行すべきだろう。

● 日本人は「自己責任」とどう向き合うべきか?

 次に、個人ベースの「アプリ」の変革になる。

 戦後の大変革にあたる「非終身雇用時代」への突入。日本人一人ひとりにとっての衝撃が大きい。いわゆる常識が覆される衝撃である。人によっては「人生が狂ってしまう」という状況も生じ得るだろう。

 1つの例を挙げると、住宅ローン。正社員の終身雇用を前提に銀行が設定した与信審査基準は根底から覆される。基準設定だけでなく、すでに実施したローンの返済への雇用(収入)保障が消滅した時点で基準の見直しが必要なのか、あるいは返済に実質的な支障が生じた場合、またどう対処するか。問題が多い。

 時代の大転換を前にして、日本人は厳しい現実とどう向き合うべきだろうか。

 ここ数年、日本ではどうやら「自己責任」という言葉はあまり気色がよろしくない。広範な選択の自由の下で生まれる「自己責任」はリスク、つまり不利益の可能性を意識させるからだ。日本の場合、個の確立が立ち遅れているとも言われている。多くの人は選択の自由よりも不選択の安心に傾き、共同体の成り行きに身を委ねてきた。故に自己責任には違和感を抱く。

 決してこれを批判しているわけではない。「選択の自由を放棄し、不選択の安心」を選ぶのも一種の選択の自由であり、これが保障されるべきだろう。ただこれからの時代はどちらかというと、選択を求められる時代になる。普通に大学を出て会社に就職し、一生サラリーマンとして働き、最後定年退職するという敷かれた軌道が撤去されると、いわゆる「不選択の安心」も消えてしまう。

 選択する自由を与えられたところで、その選択の結果に対する責任も自分で取らざるを得なくなる。「自己責任」という概念に善悪の判断を挟む余地がなくなり、否応なしに責任を負わされてしまう。従来のミニ(疑似)社会化された会社という共同体への恒久的所属が解消された時点で、リアル社会が取って替わり一次所属共同体となり、会社よりも社会への親和性を求められる。つまり、真の意味で「会社人」から「社会人」になることだ。

 「出世」の定義も変わる。会社に入っての出世ではなくなり、社会ないし世界という広義的「世」に出ての出世になる。社内の人間関係や1社にしか通用しない狭窄な「特別スキル」よりも、社会全体に渡る広範な人脈と汎用性のあるサバイバル力が求められる。

● 「非正規雇用」の給料が高くなる日

 では、「非終身雇用時代」に向けて具体的に何がどう変わるのだろうか。

 「終身雇用制度」と「非終身雇用制度」の本質的な違いを知っておく必要がある。「終身雇用制度」は正社員(正規雇用)の制度であり、「非終身雇用制度」は非正規雇用の制度である。正社員の給料は「固定費」であり、非正規雇用従業員の給料は「変動費」である。

 経営者には一般的に、固定費よりも変動費を好む傾向がある。変動費は経営状況に応じてその増減が容易にできるからだ。日本も例外ではない。総務省の労働力調査によれば、2017年の正規の職員・従業員は3423万人と56万人の増加、非正規の職員・従業員は2036 万人と13万人の増加となった。被雇用者に占める非正規の職員・従業員の割合は 37.3%と前年比0.2 ポイント微減したものの、依然として高水準にある。

 高水準の非正規雇用は何を意味するか。非正規雇用従業員の給料は変動費であり、経営状況によって容易に解雇・雇い止めできるからだ。日本企業にも、「人件費の変動費化」という高い潜在的需要があり、なるべく雇用や賃金の流動性を求めたいのが本音であろう。これが非正規雇用比率の高止まり現象につながっている。

 しかし奇妙なことに、日本の場合、正社員と非正規雇用従業員の格差が深刻な問題になっている。本来ならば、非正規雇用従業員の賃金は変動費である以上、削減されやすい分、「ハイリスク・ハイリターン」原理に則ってリスク・プレミアム分を上乗せしないといけない。ところが、なぜか日本の非正規雇用従業員の賃金は「ハイリスク・ローリターン」に逆転してしまっているのだ。この歪んだ関係もおそらく、「非終身雇用制度」が主流化した時点で、労働市場のメカニズムにより是正されていき、最終的に均衡化するだろう。

 乱暴に言ってしまえば、「非終身雇用時代」においては、非正規雇用従業員の正社員化ではなく、逆に正社員が非正規雇用に吸収される方向になるはずだ。財務的に言えば、人件費はどんどん固定費から変動費に転化していくことになる。

 故に、今後の方向性としては、企業に使ってもらえるように、スキルやノウハウはもちろんこと、固定費としての給料よりも、変動費としての報酬あるいは販売代金方式に自ら切り替えていくべきだろう。職種にもよるが、極端の話、最終的に個人事業主たる請負業者になれば、一番強い。

 さらに今後の趨勢としては、企業の早期退職、70歳定年ないし終身現役が現実味を帯びてきた。社員・従業員の身分よりも、個人事業主的なステータスがより現実的な自己防衛と老後対策になるだろう。

<次回>

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