カルロス・ゴーンの日本脱出、雑感雑想色々

 ゴーン氏逃亡の話で世間が騒然とした。1年ちょっと前、2018年11月28日付け、私の寄稿記事『ゴーン独裁者への制裁願望、ルサンチマンに遡源する復讐情念』。論点はまったく変わっていない。結局、見渡して日本国内にはとにかく、ゴーン氏への「制裁願望」が暴走している。

 逃げた現在は、「彼は卑怯者だ」「狭いレバノンに閉じ込められ監獄同然だ」「まもなく私財が底につく」「いずれ破滅する」といった妄想的制裁願望が前面に出ている。結局、底流にあるのは、ルサンチマン情念にほかならない。推定無罪原則の文明法治社会に馴染めず、野蛮な推定有罪、道徳審判に熱を上げるルサンチマン人は本当に見苦しい。そう思えてならない。

 逃げた人は犯罪者だとか、枕営業に引っかかった男はレイプ犯だとか、推定有罪で道徳審判を仕掛ける輩は、コンプレックス満載のルサンチマン者だったり、理想郷的正義論に溺れた純情者だったり、まあ、結構人物的に悪い人ではないケースが多い。同情する。気の毒だ。思考力よりも情感が先走りしてしまっている。

 1月8日、ゴーン氏はレバノンの首都ベイルートで記者会見を開いた。一部感情的な発言もあったが、概ね適正な記者会見だった。ゴーン氏は自身の国外脱出を法的に正当化していない。彼の主張(日本の検察の非人道的・前近代的な取り調べなど)に対して、日本の検察・司法当局者がどうコメントするか、どう反論するかが注目される。

 1例を挙げると、「1日8時間の取り調べ、『白状したらすぐに終わる』という繰り返し」、これが事実であるかどうかというこだ。正面から応えられないならば、世界でかなりまずい立場に置かれる。ゴーン氏が訴えた日本の検察捜査当局の陰湿な手口、その半分でも事実であれば、私が彼の立場なら間違いなく逃げるだろう。卑劣やら最低やら世間に何を言われようと、絶対に逃げ切る。そして、徹底的に世界に真実を暴露する。

 ゴーン氏の会見を受けて、森雅子法務大臣が1月9日深夜に開いた記者会見で、「潔白というのならば、司法の場で正々堂々と無罪を証明すべき」と発言した。これを聞いて驚いた。刑事裁判では、被告人の有罪を検察官が証明しなければならず、被告人やその弁護人が無実であることを証明する責任はない。そもそも、有罪を証明できないから、非人道的な手口を使って容疑者に自白を強要した。これが逆に見事にゴーン氏の主張を裏付ける形になった。まずいだろう。

 我が国の「法音痴」法務大臣。だから、ゴーン氏が逃げるわけだ。その論理でいくと、収賄容疑の政治家は賄賂を受け取っていない無罪を証明しろとでもいいたいのか。証明できない奴は全員有罪。冗談にもほどがある。弁護士資格を有する1国の法務大臣の発言として、恥ずかしい。「推定有罪」という日本の司法の異常性が世界に露呈した。

 日本の検察がゴーン氏にやったこと、ゴーン氏が一つひとつ具体的に言及した。それが本当か嘘か、なぜ森法務大臣が一つひとつ答えられなかったのか。ゴーン氏の容疑を、正々堂々と立証し、裁きにかけるということよりも、世界に通用しない日本的な、陰湿な手口が使われたとすれば、日本の名誉と地位を落とすのみである。

 「無実を立証しろ」という日本人もかなり多い。民度が低すぎるとしか言いようがない。繰り返しているように、有罪を証明するのが国家公権力で、それができずに被疑者に無罪を証明しろというのは筋違い。推定有罪国家日本には、強力な市民道徳審判が盛んに行われている。嗚呼、逃げるが勝ち。ゴーン氏は正しいことをしたと思わざるを得ない。

 保守陣営の話にも少し触れておきたい。推定無罪。山口敬之氏に適用するが、ゴーン氏には適用しない。保守陣営のそういう二重基準は見苦しい。私は山口氏もゴーン氏も推定無罪。ルサンチマン者は両方とも有罪だと主張する。これは見苦しいどころではない。別世界だ。

 予想通り、事態は日本に不利なほうに展開している。レバノン当局がゴーン氏に渡航禁止令を発出した。それで守られるのはゴーン氏である。同時に、レバノン当局が案件捜査にあたる意思表明でもあり、すでに日本に国際捜査共助を求めてきている。つまり、証拠物等の共有だ。日本にとって決して面白い話ではないはずだ。証拠を渡しても渡さなくても、どっちもまずいからだ。

 レバノンのセルハン暫定法相は1月10日、ゴーン氏の日本への身柄引き渡しについて、レバノンの裁判で有罪となった場合として「検察が特別な状況があると判断すれば、可能性はあり得る」とコメントした。ついに出た!この手。「有罪認定のため、ご協力を」、日本の司法当局に「案件移送」たる司法共助を求める。

 シナリオその1、日本は協力しない(証拠物の共有を嫌がる日本)。証拠不十分でレバノン当局がゴーン氏に不起訴決定や無罪判決を出す。シナリオその2、日本が協力しても、レバノン当局は無罪認定。そして、シナリオその3、日本が協力してレバノン当局が有罪判決を出す。といっても、軽微なものだったり、重罰しない。それで、ケースクローズ!ゴーン氏の一件は、これで、もう日本の手から離れたと認識したほうがよかろう。

 最後に、ゴーン氏の日本脱出の経緯と方法について。これに興味をもつ人が多いようだが、永遠に闇に葬られるだろう。彼は語るはずがない。自分に墓穴を掘るような馬鹿なことをしゃべるはずがない。楽器箱とかなんとか、あくまでも「合理的な推測」に過ぎず、故意に放出されたカモフラージュかもしれない。今後映画化したとしても、「虚構」を前提にするだろう。ゴーン氏は日本に学ばなきゃいけないことがある。密出国やら何やら聞かれたら、一言だけ。「記憶にございません」。伊藤詩織さんいわく酒飲んで気がついたらベッドにいた。ゴーン氏も同じセリフ、酒飲んで気がついたらレバノンにいた……。少々不謹慎な冗談だが、お赦しを。

 振り返ってみれば、ゴーン氏から逃げ以外の選択肢を奪ったのも、ゴーン氏を簡単に逃したのも、日本。問題は同根である。これが日本の悲劇。

 ゴーンは日本にやってきた。ゴーンはリストラをやって日産を助けた。ゴーンは少々良い思いもした。ゴーンはやられた。そしてゴーンは逃げた。日本人は日本人をリストラできない。だから、外国人を使う。ゴーン氏の一件でもうこの手は使えなくなった。というよりも外国人は戦々恐々で日本のリストラ仕事を引き受けてくれないだろう。

 これからは、日本人による日本人リストラの時代に入る。

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