右脳思考論と中国内販市場

<本文は2009年5月執筆したものである>

● 弁護士のいうこと、経営者の考えること

 法律関係の仕事をやっていると、よく、顧問弁護士の苦情をいう経営者に出会う。

 「うちの顧問弁護士は、理屈ばかり言う。こんな一々法律のことを考えたら、経営が成り立たない」……。左脳思考の弁護士と右脳思考の経営者が衝突していることが意外にも多いようだ。

 「右脳思考」という言葉は、誰もが一度か二度は聞いたことがあるはずだ。中国での仕事、特に内販市場の攻略は、この右脳思考抜きでは成り立たないと私は断言する。

 計算や図表が苦手な私は、どちらかというと、右脳思考派である。さまざまな性格診断でこう指摘されていた。「科学的な論証よりも、主観的な判断が先行してしまう」というマイナス判定は、学校時代からずっと私に付きまとっていた。ちなみに、本稿が全体的に右脳思考を推奨しているのも、ひとえに私自身が右脳思考派だったという理由が大きい。

 左脳は、言語と理論でじっくり思考したり記憶したり計算したりする意識脳である。現在の学校教育、特に日本やアジアの学校教育はこの左脳一辺倒の言語と論理的思考の左脳記憶学習に偏っている。これは、それなりの理由がある。現代科学技術の発達、情報産業の発達は、まさにこの「左脳型」に支配されてきたからだ。すると、「左脳教育」と「経済、社会の発展」に人間は無意識のうちに因果関係をつけてしまう。これも立派な「左脳思考」だ。

 確かに、工業化時代から情報化時代への飛躍を成し遂げたのは、左脳の貢献が実に大きかった。しかし、時代はさらに変わろうとしている。「情報化時代(Information Age)」から、「知的時代(Intelligence Age)」(特に昨今話題のAI)へとシフトしていく。情報が氾濫し、情報そのものの価値が急落しはじめている。情報を生かしていかに付加価値を作り出すか、人間の知恵、感性といった要素が大きく求められる時代になった。

 このような新時代を「コンセプト時代(Conceptual Age)」と呼ぶ人がいる。作家ダニエル・ピンク氏である。氏の「フリーエージェント社会の到来――『雇われない生き方』は何を変えるか」が和訳され、日本国内でも出版されたが、十数年前欧米でベストセラーとなった新作、「斬新なマインド――情報化時代からコンセプト時代へ(A Whole New Mind-Moving from the information age to the conceptual age)」は、まさに時代の流れを克明に示してくれた。氏の指摘を以下に要約する。

 「グローバル経済は、すでに大きな変化の兆しを見せている。分析や直線思考、推理論証など、従来われわれが頼っていた左脳思考は、新しい『コンセプト時代』に適合できなくなった。コンピューターによる自動化は、多くの産業や業種のバリュー(価値)を低減させている。高度な分析力が求められる会計士、建築家、弁護士は、従来通りのやり方でいくと、間違いなく没落する。また、右脳思考の環境を提供できない企業は、従業員の勤務満足度を著しく低下させ、優秀な人材の流失は今後も続くだろう」

● 優良品質はなぜ中国で売れないのか?

 アメリカの3大ディスカウントストアと言えば、ウォルマート、Kマート、ターゲット。ウォルマートは低価格戦略を打ち出し、これを実現するために情報システム、ロジスティクス・システムの強化を推進し成功している。これに対しKマートは価格で対抗しようとし、結果的に敗北した。一方、同業のターゲット社は順調に業績を伸ばしている。理由は、ターゲットが「右脳思考」で経営戦略を画策しているからだ。

 ターゲットは、ウォルマートとの差別化を徹底した。店舗はクリーンでピカピカとした艶やかさを維持し、通路は広くオープンに。マイク・グレースなどのプライベートブランドを開発し、洗練された広告プロモーション戦略を通して企業イメージを高めている。対象顧客も明確にし、ウォルマートに比べ2割高い平均年収、5歳若い年齢層、8割が女性、そして教育レベルの高い層に絞り込んでいる。価格面では、同一商品ならばウォルマートの価格を採用し、異なる商品の場合もウォルマートの同類商品を参照している。一方、品質のアドバンテージとオリジナルブランドに対しては適切に分析した価格を付加している。これにより、ターゲットの販売管理費はウォルマ-トに比べ6%高いが、一方で粗利も6%高く、税前利益でウォルマートの8%と同等レベルを維持している(データは、舟本流通研究室リポートから引用)。

 大量仕入れと格安販売という誰もが納得する因果関係の裏に、直感的なものを探し出す。これによって、ターゲットは小売巨人のウォルマートと戦える体質を作り上げ、なおかつウォルマートから確実に顧客と売り上げを奪っているのだ。ウォルマートとターゲットのホームページを見比べると、「左脳思考」と「右脳思考」の差が歴然と分かるはずだ。一言で言うと、ウォルマートが「モノ」を売っているのに対し、ターゲットは「ライフスタイル」を売っているのである。

 中国はどうだろうか。「13億人の市場を拓く」というのは、ばかばかしすぎる。大規模な市場が存在する→日本企業は優れた技術と優れた品質を持っている→中国市場で売れば大きな収益が上がる――。いささか典型的な「左脳思考」である。

 「日本発信」ということばをよく見かけるが、これにも大きな落とし穴がある。これまで自己主張が下手だった日本は、とうとう海外に向けてアピールし始める。立派なことではないか。しかし、「発信されたものは、果たして受信者が望んでいるものなのか、必要としているものなのか」を考えたことはあるのだろうか。もしそうでなければ、一方的な押し付けに過ぎず、当然現地市場の消費者はせっせとお金を出して買ってはくれない。

 グローバル化というのは、究極のローカル化である。これは、私の持論である。現地市場をいかに精確に読み取り、現地モードの「右脳思考」ができるかは、商品戦略や販売戦略を立てる際の決め手である。優れた品質だけで必ずしも売れるとは限らない。時には逆効果にもなる。「コンセプトは何か」と聞かれて、明確な構図を示せずにいるようでは中国市場で売ることはできない。

● 中国内販市場に必須の「右脳思考」6種類

 ダニエル・ピンク氏は、コンセプト時代に必要とされる「右脳思考」を6種類に分けて説明している。僭越ながら私の観点も取り入れて以下に羅列する。

(1) デザイン

 商品のデザインは、時に効率や生産力よりも重要であり、対象消費者を引き付けるパワーを持たなければならない。欧米市場や日本市場なら「エレガント」だが、中国に来ると「地味」になっているかもしれない。現地市場に合ったデザインは何かを見極めるには、「右脳思考」が必要だ。

(2) ストーリー

 「事実」が廉価になってしまった現在、「ストーリー」こそが付加価値を生み出すツールである。商品品質の均一化、製造コストの低下、情報の氾濫、価格競争の白熱化…。中国市場への参入は難しく見えても、実はそうでもない。中国企業は世界級のブランドが皆無に近いことで苦しんでいるのではないか。外資企業にはまさに好機である。中国現地消費者に夢を持たせることさえできれば天下無敵になる。「ストーリーで商品をパッケージせよ」と言いたい。

(3) 整合と調和

 全体的な関連付けと整合に注目したい。工業化時代および情報化時代においては、基本的に高度な分業化が実現した生産活動を主流としてきたが、世界は変わった。いま、最も必要とされるのは、多元で異質な分野を超えた思考を整合する力である。一見無関連なフィールドでも出来事でも、ひらめきで関連付けをしてしまう。迫力、勇気、大胆さ、そして繊細な感性を持ち合わせなければ、なかなかできない。まさに「右脳思考」の世界である。

(4) 同情心

 現代人は、情報化社会のアップグレードによって、逆にますます孤独になった。周囲に理解されない一方、他人に自分を見せたい。同情心、人の心を支える優しさ、一瞬でも光れば消費者は飛びつくに違いない。

(5) 遊び心

 「日本車の機能は素晴らしく、省エネでもある。でも、私はもっと遊び心がほしかった」と、欧州車に飛びつく中国のニューリッチは多い。機能や品質を超えたものを消費者が求めている。中国の消費者が世界に遅れていると思う企業は、それ自身が時代遅れなのだ。リラックスした環境に真の創造が生まれる。品質改良に余念のない日本企業が多いが、むしろ品質よりも遊び心を考えたほうが良いのではないか。技術よりも文化先行ということだ。

(6) 意義

 物質や金銭による満足感を超えたものを追求する。中国でもヤング・エグゼクティブの間で風向きが変わりつつある。中国には「瀟洒(ショーサー)」という流行語がある。生活は苦労と忍耐で金銭や家財を貯めるためでなく、その一瞬一瞬を大切にする、享楽をおう歌する人生観は今後もさらに定着していくだろう。

● 中国内販市場の「新文化大革命」

 中国社会そして中国の消費者市場は、大きな変革期を迎えようとしている。文化、潜在意識、価値観に本質的な変革が進行している。まさに「新文化大革命」なのだ。中国市場の攻略を考える上で、こういった時代の変遷を無視すれば失敗への第一歩を踏み出すことになる。「日本発信の優れた品質」と誤認する日本企業はいまでも多く見受けられるが、これが残念でたまらない。

 「にぎる」という言葉がある。「技術を握る」「金銭を握る」「権力を握る」……。大人には「にぎる」ことはできても、「手ばなす」ことはなかなかできない。しかし、「にぎる」ということは、同時に新たなものの受け入れを「拒絶する」「放棄する」ことにもなる。日本からたっぷりと握って中国にやってきて、気がついたら手中のものを握りつぶしていたが、新しいものは何1つ得られなかった……。コンサルティング現場で、このような多くの事例を見てきた。

 赤ちゃんは手のひらを握り締めて生まれ、産声を上げるときにはその手のひらを広げるそうだ。それはこの世に生まれてくるときに握り締めていた、たくさんの夢や希望を一斉にこの世界に解き放ってしまう瞬間だ。握り締めたものをいつまでも握り続けていられないことを、赤ちゃんは、その自然の本能で分かっていたのだろうか。

 そして、赤ちゃんはその脳内活動のほとんどを右脳で行っている。右脳は「本能の働き」と同時に「天才の働き」を可能にするものだからだ。右脳には左脳の百万倍もの記憶容量があるといわれていることからも、それが分かる。しかし歳を重ねていくと、脳内活動に右脳の占める割合は低くなっていき、左脳の働きが活発化する。すると理性的、論理的にはなるが、時にせっかく右脳から生まれた直感やひらめきは、左脳にコントロールされ、抑圧され、そして殺されてしまう。まさに人類成長の悲劇である。

 「中国市場で勝てる方法は」と顧客企業に聞かれると、私はいつもこう答える。「生まれたばかりの赤ちゃんのように、手のひらを広げて右脳で考えること」

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