ガラパゴス城砦、パラダイス鎖国の幸せと修羅場へ身を投げる苦痛

 「ガラパゴス化」――。ビジネス用語として定着して久しい。

 少し古い新聞記事を調べると、こんなのが出てきた――。「……南米エクアドルから西へ約1000キロ、太平洋上に浮かぶガラパゴス諸島だ。隔絶した孤島という環境で、ゾウガメやイグアナなどの生き物がほかで見られぬ独自の姿に進化した。そんな島になぞらえ、国内市場だけに向けて進化し海外では通用しない商品やサービスを称して『ガラパゴス化』という(「日本経済新聞」2009年11月24日付「春秋」)。

 高度なニーズにもとづいた製品・サービスの市場が日本国内に存在する。一方、諸外国では、日本国内とは異なる品質や機能要求水準の低い市場が存在する。日本国内の市場が高い要求にもとづいた独自の進化をとげている間に、諸外国では要求水準の低いレベルで事実上の標準的な仕様が決まり、拡大発展する。 気がついたときには、日本は諸外国の動き(世界標準)から大きく取り残されている(野村総合研究所の「『ガラパゴス化』する日本」より)。

 さらに、世界標準に置き去りにされたとしても、世界標準のものに満足しない日本のユーザーのみを相手として十分やっていけるため、日本企業がガラパゴス化に危機感を感じないという問題も指摘され、これを「パラダイス鎖国」と称している(「パラダイス鎖国」という用語は、海部美知氏の「パラダイス鎖国 忘れられた大国・日本」より)。

 当初から製品やサービスを中心に語られていた「ガラパゴス化」は後日、いろんな展開を見せ、ついに思考回路や集団のガラパゴス化といった恐ろしい変種も出現した。そもそも、製品やサービスのガラパゴス化は、思考回路企業・組織のガラパゴス化に起源しているのではないか、といった課題提起に至れば、議論がさらに複雑化する。

 「日本の場合、○○です」。海外日系企業の経営現場で、一部の日本人経営幹部がよく口にする言葉だ。だが、ここは海外の現場であって、日本はどうこう語る意義はない。それよりも、海外はどうなのか、これを知ることが第一ではないだろうか。

 日本国内の経験知や暗黙知は、甘美な成功体を伴う一種のパラダイスである。パラダイスの幸福に陶酔していれば、知らずに思考回路のガラパゴス化が進む。さらに怖いことは、企業組織内のガラパゴス化である。既得利益を守るための戦いはまさに、パラダイス防衛戦である。頑丈な城砦が築かれ、ガラパゴスの孤島に、さらにガラパゴス孤城が築かれるのである。

 海外市場は決してパラダイスではない。そして、ポスト・コロナ時代の海外市場は、修羅場である。生き残りを賭けて……。

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