日本の問題は、平時と有事の区別がつかないことだ

 コロナ危機への対応。日本は強制力を伴わない「自粛呼び掛け」を続けている。しかし、実際には100%の国民が協力してくれるわけではない。あり得ないことだ。少しでもそういう非協力的な国民がいる限り、災厄が終息するどころか、さらに拡大するのみである。

 あえていうなら、実定法に根拠を見つけることは不要だ。憲法の上に、「自然法」というのがある。人間も、政府も、生存の権利を基本とする自然法に違反してはいけない。革命でA政府の憲法を無にして、新たにB政府の新憲法を作るのも自然法の範疇である。憲法に、国民の権利がいろいろと書かれているが、この権利が自然権である。憲法に書かれているから生まれた、あるいは与えられた権利ではなく、生来、神によって、自然に付与され、すでにある権利であり、念のため、憲法に書いただけである。

 この原理を理解したうえで、有事の際の緊急措置を取るべきだが、安倍政権はそれができていない。言ってみれば、日本は公権力、暴力装置の去勢された似非国家に近付いてきた。市民と国家とが締結した社会契約上の保護義務を政府が履行できないでいる。そうすると、その機能は実質的に何らかの形で形成された自警団に「外注」するしかなくなり、ヤクザも絡んでくるだろう。

 日本の問題は、平時と有事の区別がつかないことだ。

 「私権主張」の国民と強制力を持たない政府、この辺は中国と正反対だが、一方、経済優先の国と感染阻止優先の自治体、その対立構図は、中国のそれに酷似する。政府は財政を考え、予算をケチる場合ではない。家が火事になっても消火用の水道代予算で議論している。消防隊がやってきても、プライバシー侵害になるから、家に入ってくるなと

 いずれコロナショックが終わる。終われば、戦後の清算と審判が始まる。

 スケープゴート(贖罪の山羊)というが、問題になったら、誰かが責任を取らなければならない。コロナ死者は4月12日現在、世界ですでに10万人を超えている。責任問題は絶対に避けられない。習近平は責任を湖北省と武漢市のトップに転嫁し、後ほどさらにトランプ(米国)に転嫁しようとした。トランプは責任を習近平に転嫁し、さらにWHOのテドロスに転嫁した。さて、安倍首相は責任を誰に転嫁するかというと、自治体と末端日本国民に転嫁する――「自粛しろ、さもなければ自己責任だ」。そういった構図ではないかと。

 最後に一言。コロナを敵視する人もいるが、私はそう思わない。コロナは神が人類に送り込んだメッセンジャーである。どんなメッセージをもってきたかは、われわれ一人ひとり各自理解するものだ。いずれ、世界はコロナで大きく変わる。本質的に変わる。

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