【Wedge】米台国交樹立も視野に、トランプ対中闘争の5つのシナリオ

 世界を驚かせる出来事。トランプ米政権は突然、ヒューストンの中国領事館に閉鎖命令を出した。続いて、ポンペオ米国務長官は7月23日、カリフォルニア州のリチャード・ニクソン図書館で、これもまた世界を驚かせた演説を行い、中国人民に好意や同情を寄せながらも、「中国共産党」による「新たな暴政」の脅威に対抗するよう「自由主義の国々」に呼び掛けた。風向きが大きく変わった。

● 「新ニクソン・ショック」

 ここのところ、米国の対中姿勢に明らかな転換がみられ、その1つは称呼だ。「中国」や「中国人民」と切り離して「CCP(中国共産党)」という称呼が意図的に使われるようになった。ポンペオが演説のなかで、「中共の最大の嘘は、それが14億の中国人民を代表していることだ」と指摘し、「党国一体化」の支配戦略に取り組んできた中国共産党に真正面から攻撃を仕掛けた。

 ポンペオがニクソン図書館で演説したのも意味深長だ。1972年2月21日に米国大統領リチャード・ニクソンが中華人民共和国を初めて訪問し、毛沢東主席や周恩来総理と会談して、米中関係を和解に導いた。これが1つの新時代の幕開けとなり、あまりにも突然な出来事で、「ニクソン・ショック」と呼ばれている。

 ニクソンが期待していたのは、中国が西側諸国と付き合い始め、徐々に経済的に豊かになれば、民主主義への変貌を遂げ、自由世界に溶け込んでいくという将来像だった。しかし、善意が冷酷な事実に否定され、中国は期待通りにならなかった。それどころか、自由世界に中国共産党のルールを押し付け、支配を狙った。つまり、ここまできて中国共産党政権と西側とはイデオロギー的に相容れない、相互協力し融合的な関係を築くことが絶望的になったことが実証されたのである。

 ポンペオはその講演中にこう語った。「我々は中国を迎え入れようとしたが、中国共産党は我々の自由で開かれた社会のルールを悪用し、知財を窃盗し、多くの雇用を奪い、国際ビジネス取引の安全性を引き下げた。…中国共産党は我々の自由まで侵食し、法の支配と秩序を覆していく。これに屈服すれば、危害が我々の子孫にまで及び、自由世界への最大の脅威である中国共産党の望む通りの世界ができあがってしまう」

 ニクソンが期待していた通りに中国は変わることがなかった。逆に中国共産党は西側の我々を変えつつある。だから今、我々が直面するのは、我々が中国によって変えられていくかそれとも中国を変えるかの選択である。

 「君以此始、必以此終」。漢文の古典(左伝)で、「ここに始まれば、必ずここに終わる」という意味だ。

 1972年のニクソンの訪中が「始まり」だとすれば、ほぼ半世紀が経った2020年、このニクソン図書館で行われたポンペオの演説はまさに「終わり」の宣告になる。「新ニクソン・ショック」と名づけてもよさそうだ。

● 台湾承認、米台国交樹立の可能性

 「distrust and verify(信用しないこと、かつ検証すること)」。ポンペオが打ち出したワシントンの新しい対中共基本姿勢である。米ソ冷戦時代のレーガン米大統領が対ソ姿勢に「trust but verify(信用するが、検証もする)」を提唱していたが、これと比べると、いまの米国は中国共産党をかつてのソ連よりも敵視しているように思える。

 米中間の信頼関係がほぼ失われた。崔天凱駐米中国大使は7月21日「今(米中間)対話すらできない」と嘆き、そして少し遡っての7月9日、王毅中国外務大臣は「(米中間は)対話チャンネルを復活させるべきだ」と呼びかけていた。一連の発言を裏返せば、現状がいかに深刻かが分かる。

 では、早い話で、これからトランプ政権はどんな手に打って出るのか。概ね5通りのシナリオを描けるのではないかと考える。

 まず国際政治・外交面では、台湾の国家承認と米台国交樹立。

 実務的に、あたかも無謀な選択肢であるかのように見えても、論理的な根拠の基盤はできている。当面の経済的利益よりも優先すべき上位要素を考えれば、イデオロギーや普遍的価値観を共有しているのは台湾であり、「棄中連台」は当然の政策選好になる。サプライチェーン(供給網)の脱中国化がすでに着々と進んでいるわけだから、むしろ経済面の条件も整いつつあるといってよかろう。

 障害は何かというと、「1つの中国原則」。ただ、留意してほしいことがある。中国は「1つの中国原則(One China Principle)」といっているが、米国はあくまでも「1つの中国政策(One China Policy)」にとどまっている。メディアでも両者をよく混同させているが、まったく別物である。「原則」は変えられないものであるのに対して、「政策」は調整可能である。

 米中コミュニケでは、「アメリカ合衆国は中華人民共和国政府を中国の唯一の合法政府であることを承認し、中国はただ1つであり、台湾は中国の一部であるとの中国の立場をアクノレッジした」と、「立場のアクノレッジ」という表現にとどまり、解釈と運用上の柔軟性がもたされている。

 さらに米中コミュニケという国際条約云々の議論になると、中国は香港国家安全維持法を制定したことで同じ国際条約の中英共同宣言に違反したという問題(イギリスがそう主張している)を抱えている以上、決して立場的に強いとはいえない。現にトランプは米中コミュニケを破棄して台湾と軍事同盟を組み、米軍の台湾進駐を目論んでいるのかもしれない。

● 大統領選挙までありとあらゆる手段を動員する

 次に法律面、コロナの賠償問題。

 トランプにとって米中貿易協定はもうほとんど意味をなさない。中国発のコロナで米国はすでに15万人以上の死者を出している(7月28日現在)。トランプが大統領就任後に築き上げた国内経済や雇用の好成績はすべて台無しにされた。コロナ被害の清算や賠償請求は米国1国にとどまらない。中国当局による「人から人感染」を隠蔽した事実に証拠が固まっていれば、米国は先頭に立って、責任追及と損害賠償の請求に乗り出す公算が大きい。

 国際民事訴訟における障害は、主権免除。被告が国の場合、外国の裁判権から免除されるというもの。そこで、米国は主権免除の取り消し、または国家でなく団体組織である中国共産党相手の賠償請求、さらに指導部を含む中国共産党関係者らの米国ビザ取り消しや米国内の資産凍結といった選択肢を検討している。資産凍結は実務上、制裁効果が大きくコロナの民事賠償と相殺することも可能であるから、有力なツールとなり得る。

 3番目は軍事行動、南シナ海における実力行使。

 トランプ政権が従来の中立的な立場を転換し、7月13日の声明で南シナ海の海洋権益に関する中国の主張を「完全に違法」と否定し、南シナ海アタックのための布石を打った。台湾海峡と南シナ海、軍事行動を繰り広げる場所を選定するにあたって、米側にとって後者のほうが都合がいい。民間人を巻き込むこともなければ、本格的な上陸作戦もない。本国(大陸)からの遠距離海上戦であるため、むしろ中国に不利だ。そして南シナ海の戦闘は何よりも、海南島の中国原子力潜水艦基地を潰すのが米国にとっていちばんメリットが大きい。付け加えると、南シナ海ないしマラッカ海峡で中国に対する石油禁輸も検討に値する措置である。

 4番目は金融面、香港ドルのペッグ制を崩壊させれば、香港や本土が金融パニックに陥る。ただでさえ、いま中国の外貨準備が減少しているのに、泣き面に蜂状態に追い込まれる。

 最後に、情報戦。中国の情報統制、ネット遮断にあたるグレート・ファイアウォールを無効化することだ。技術的に可能とされるこの「壁撤去作業」は、予算さえ組めば実現できる。中国共産党政権がそれだけ大きな予算を投入し、厳しいネット遮断・検閲を行っているのも、情報開放の「怖さ」を自ら証明している。海外情報に接した中国人民がどのような反応をするか、政権の基盤を揺るがしかねない。

 5つのシナリオを描いてみたが、決してこれらが個々単独でなく、複合的に動員され、同時進行の可能性もある。というのは、トランプは大統領選挙まで残された3か月という期間にありとあらゆる手段を動員しなければならないからだ。対中強硬姿勢を恒久化すれば、トランプが仮に落選しても歴史に名を残せる。

 つまり、仮にバイデンが大統領になっても、トランプの反中路線を踏襲せざるを得ない状況を作り上げることだ。最近米国メディアにもよく使われる「Point of no return」という表現、「復帰不能点」を確実に設定しておけば、トランプの目標が達成できる。昨今、香港や台湾、ウイグルの関連法案が米議会で次々と圧倒的多数で可決されている。反中共はむしろ、超党派的な合意となった以上、たとえバイデンであっても逆らうことができまい。

 極端な話だが、トランプが残された任期中に台湾を承認し、米台国交を樹立した場合、バイデンが大統領の座に就いた途端、米台断交に踏み切れるかというと、無理な話であろう。

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